潜在的森林再生面積はどれほど存在するか?
全球規模で森林再生を行うことで、大気中の炭素を補足し気候変動緩和のための最も現実的で効果的な戦略であると考えられている。2019年にSCIENCE誌にJean-Francois Bastin et al.(2019)が発表した論文は、森林被覆の直接測定に基づいて全球をカバーする森林再生ポテンシャル・モデルを作成し、その規模と分布を示している。
彼らは潜在的な樹木被覆の決定因子を明らかにするため、先ず、世界の全ての保護地域(78,774地点)を対象に直接写真判読によって森林被覆を測定すると同時に、全球をカバーする環境レイヤーを用いて気候・土壌・地形因子が自然状態での樹木被覆にどのような変異をもたらしているか解析している。次に保護地域の自然状態での樹木被覆を対象に、機械学習アプローチによって森林被覆を支配する主要環境因子を抽出し、陸域生態系全域をカバーする潜在的森林被覆予測モデルを構築している。このモデルが出力したマップ―地球・森林収容キャパシティー―は現在の気候におけるあらゆる組み合わせの環境条件下で、潜在的に44億ヘクタールの森林被覆が存在しうる事を示している。次にこの地図から、現存する林地、農地ならびに市街地を差し引くことで、現存する森林・農地・市街地以外の潜在的な森林被覆面積を試算し、全球で9億ヘクタールの追加的な森林再生可能な面積が潜在的に存在することを示している。この結果に基づき、IPCCが推定する10億ヘクタールの追加的森林再生(樹冠率>10%)が実現可能なターゲットであると結論している。これにより、森林成熟時には追加的に205ギガトンの炭素の吸収が可能となり、これは森林域における吸収増加量の25%以上に相当すると推論している。
潜在的な森林再生対象地はどこに存在するか?
潜在的な森林再生対象地はどこに存在するのか?引用したサイエンス誌論文ではその地理的分布についての論議はされていないが、我々が着目し森林再生に取り組むべき場所は世界のどの地域に分布しているのか?ここで、同論文に掲載の図A(全球規模での潜在的な森林被覆の分布)と図B(追加的な森林再生が可能な潜在的地域)を比較することにより以下の諸点を指摘することができる。
1.世界の三大熱帯雨林地域(図Aで濃い青で示される地域)には潜在的な森林再生対象地はほとんど存在しない。
(年間を通じて高温多湿な環境が維持される熱帯雨林地帯はその豊富な木材資源の故に、森林開発とそれに伴う森林の劣化・消失が最も迅速かつ激しく進んだ地域であるが、近年、そうした森林消失跡地の多くが早世樹植林地、油ヤシやゴムのプランテーションなど様々な形の大規模土地利用が進み、もはや潜在的森林再生の余地は残されていないと考えられる。)
2.潜在的な森林再生対象地は地球上の特定の地域に偏在しており、熱帯・亜熱帯地域に注目すれば主に熱帯モンスーンならびにサバナ気候下に集中している。
(中心的にはアフリカ、インドシナ半島、南米アマゾン低地周縁部などに分布している、熱帯雨林地帯に比較し降水量が少なくしかも強い季節性を示す(乾季と雨季の存在))本地域では、従来より薪炭材の採取や家畜の放牧、頻発する野火などによる森林の劣化・消失が進行し自然回復も困難な一方、強い乾燥ストレス下で生物生産が制限される為に大規模プランテーションなどへの土地利用転換が行われることはなく、潜在的な森林再生対象地が残されていると考えられる)
3.潜在的な森林再生対象地である熱帯モンスーン・サバナ気候下では降水量は相対的に少なく同時に強い季節性を示すことから、森林再生に際しては乾燥ストレスをどのように回避するかが致命的に重要となる。
(熱帯モンスーン・サバナ気候下の土壌水分レジームはustic(図2参照)に区分され、降水量と土壌中に貯留された水分の合計が蒸発散による水分損失を概ね下まわり、典型的には特に乾季の中~終盤に有効土層中の水分が枯渇する。このためこうした地域における森林再生に当たっては、乾燥環境に適応進化した樹木種の活用、雨期~乾季初めまでに苗木の根系を土壌深部の水分へ到達させる技術等々による乾燥ストレス回避が重要と考えられる。)
4.熱帯地域での森林再生活動にとって地域住民の理解と協力が不可欠であるが、熱帯モンスーン・サバナ気候下にあっては多くの住民が貧困に曝されている事から、森林再生活動には住民への持続的裨益を伴う視点が極めて重要と考えられる。
引用文献
Jean-Francois Bastin et al.: The global tree restoration potential, Science 365, 76–79 (2019)