ナレッジ名称:環境指標生物としてのチョウの活用

ナレッジ概要

チョウ類は環境の変化に非常に敏感であり、環境と動物相の関係を見るには好適な生物、「環境指標生物」であると言われている。そのため、特定のチョウの生息状況を過去と比較することで、地域の生物多様性の変遷を推測することができ、将来の自然保全へと役立てていくことが可能である。チョウは急激な環境変化を敏感に反映するため、大掛かりな調査をしなくても身近な環境状態の変化を知ることができる。近年における気候変動や都市化の影響を、地域レベルで住民が直接知ることができる有効な手段であると考えられる。

背景(歴史・発展)

環境省のモニタリングサイト1000里地調査の説明では、チョウは生活史を通じて特定の植物と密接な関係を持っているため、その地域の植生の状況を評価するのによい指標となる旨の記述がある。また、チョウが「種数が適当で、分類学的にも生態学的にも情報の蓄積が十分あり、昼行性であること」など、調査対象としてもすぐれている点が指摘されている(表1)。これまでの研究でも、土地利用や周辺環境の変化により記録されるチョウ類の数や種類が変化することが知られてきた。特に、日本では伝統的に薪炭林利用や草地管理が行われている草原を生息地とするチョウ類も多く、今日急速に減少する里地の生き物たちの指標種として、チョウが着目されてきた。

2004年Science誌においても、「チョウ、鳥、植物のそれぞれについて、それまでの減少の状況を同じ条件で比較してみたところ、チョウがもっとも減少していることが判明した」という趣旨の論文が発表され、チョウは他の生物に比べても、最も環境の変化に敏感な生き物であることが明らかにされている(Thomas et al., 2004)。

このように、チョウは地域の自然環境の変化を見る環境指標生物としての好適な条件を備えており、国家レベル、地域レベルで、様々な環境指標生物として活用されている。

チョウの環境指標生物としての活用は英国が最も進んでおり、1976年から全国的な取り組みが始まり、40年以上経た現在では4,000以上の観測地を有し、毎年定期的な観測が実施されている。また、その結果を国の環境保全政策へ反映するところまで実現している。

日本においては、日本チョウ類保全協会や環境省による全国規模の取り組みのほか、地域レベルでは北富士山麓地域での取り組みが代表的である。チョウを環境指標生物として活用する優位性は、環境の変化を敏感に反映すること、身近な生物で個体数を数えやすいこと、大掛かりな調査を要することなく地域の環境変化を知ることが可能なことなどであり、それにより森林劣化や環境変化に伴う生物多様性の喪失など、一見気づきにくい環境の変化をいち早く察知することができる点にある(表1)。これらは、気候変動や森林劣化が急速に進みつつも、その影響を的確に計測する技術や資金が不足する途上国において、有効な手段となる可能性が大きい。

表1 チョウの環境指標生物としての特徴
環境の変化を敏感に反映する 成虫の寿命は数週間〜1ヶ月程度と短いため、一時的な環境の変化にも大きく影響を受ける
成虫が移動できる距離は比較的短く、依存する環境が変化すると生息場所を失う
チョウの幼虫は特定の食草に依存するものが多く、食草が減少すると生存できなくなる
容易に数えやすい 昆虫の中でも比較的大型
目視による同定が容易
昼行性のため目につきやすい
人前に出る(隠れない)
個体数をカウントしやすい

具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)

環境省では日本列島の陸域、陸水域、海域の生態系について、全国に約1000のモニタリングサイトを設置し、基礎的な環境情報を継続的に調査している(モニタリングサイト1000)。その中で高山帯と里地のサイトでチョウ類が調査され、里地調査では市民調査員がモニタリングの主体を担っている。「モニタリングサイト1000里地調査」では全国に18か所の「コアサイト」と約220か所の「一般サイト」の拠点で観測が実施されている。前者のコアサイトは多様な気候帯へ均等に配置された地点であり、後者の一般サイトは有志による協力地域が登録された地点である(図1)。

図1 チョウのモニタリング(イメージ写真)
(環境らしんばん:http://www.geoc.jp/rashinban/event_detail_35218.htmlより引用)

チョウ類群集の調査法としては、英国をはじめとして日本でもよく利用されているのが、「ライントランセクト法」である。ライントランセクト法は、調査ルートを設置してルートに沿って歩きながら左右一定幅の範囲に見られるチョウを記録する方法である。

簡易なモニタリング方法には、NPO法人日本チョウ類保全協会による「庭のチョウ類調査」がある。全国のボランティアが月に1回以上、庭やベランダもしくは近隣の公園など決まった場所1箇所で30分程度チョウの観測を行い、その種類と頭数を記録し、協会に報告する。その結果を同協会がオンライン上で公表する方法(庭のチョウ:身近なチョウを楽しもう)で行われている。この調査の特徴は、庭やベランダという日常の生活空間での観測という点にあり、また調査シートも極めてシンプルな形式であるため、参加の敷居が低く、その分多くの市民ボランティアが参加できる点にある。

途上国においてどちらの方法が適しているかは、その地域の森林の状況や規模、調査参加者、予算の有無に応じて決めていくと考えられる。いずれにしても重要なのは長期的に調査を継続することで、そこを念頭に持続可能な方法での実施体制を構築することが重要である。

ナレッジ活用事例

チョウを環境指標生物として活用する取り組みとして、前述のように環境省による「モニタリングサイト1000里地調査」と、チョウ類保全協会が実施する「庭のチョウ類調査」がある。

「モニタリングサイト1000里地調査」は、動植物の生育生息状況などを100年にわたって同じ方法で調べ続けるプロジェクトである。調査地点(サイト)を全国に配置し、日本全体の自然環境の変化を捉えることを目的としたもので、その項目の1つにチョウ類が含まれている。現在は約200か所を拠点に、市民調査員を中心に観測が行われている。

「庭のチョウ類調査」も同様に全国各地域でチョウの観測を行い、自然環境の変化をモニタリングすることを目的としている。「庭のチョウ類調査」では、全国のチョウ愛好家が「庭」で定期的なチョウの観測を実施し、結果をオンライン上(google map)で共有するプラットフォームを提供している。

「モニタリングサイト1000里地調査」は2008年に最初のサイトが設置され、「庭のチョウ類調査」は2013年より活動が開始したため、双方共まだ歴史が浅く、これから継続的な観測を積み重ねて有意義な情報が導き出されることが期待される。また、どちらも地域の市民ボランティアが調査を担っている点に特徴があり、それは特別な技術を必要とせず、誰でも参加可能な仕組みにすることで、参加者の環境意識の向上を期待する取り組みであるともいえる。

地域に特化した事例を挙げると、山梨県富士山科学研究所では、富士山の北麓の森林周辺において、自然環境の変化をチョウの生息状況や生態を研究し、富士山の自然環境の保全・継承に努めてきた歴史を持つ。NPO法人富士山自然保護センターでも、同様の取り組みが行われ、里山の火入れやシカ柵設置など地域の活動計画に調査結果を反映している(図2)。北富士山麓地域のチョウの観測を通して確認されていることは、ここ30年でチョウの数が激減していること、近年南方系のチョウが毎年のように新たに発見されていること、一方で北方系・高山系のチョウが年々数を減少していること、特定のチョウの産卵地点の標高が年々高くなっていること(エスカレーター現象)などである。これは気候変動による温暖化と、シカ害による食草の減少の影響を如実に反映する結果となっている。

図2 シカ柵の設置によって、里山の生態系回復に取り組む甘利山。
その変化をチョウの観測により確認している(山梨県による取組み)
https://www.minamialps-net.jp/cat_news/3904

カンボジアを始めとして、途上国の多くでは国家規模での森林モニタリングが実施されない限り、森林状況の変化は適切に把握される機会はほとんどないと言える(図3)。その中で、チョウを用いた環境評価は技術や資機材を必要とせず、地域住民が参加して実施できるものである。今日の気候変動や森林開発の影響は森林の環境や健全性に大きな影響を及ぼしていると考えられる。チョウのモニタリング手法を用いて地域レベルの観測を行うことは、影響が深刻になるのを未然に防ぐことができ、気候変動の緩和策や適応策に繋がる可能性がある。

図3 途上国の多くでは、気候変動や開発による森林生態系への影響が適切に把握されていない
(写真:カンボジア中央カルダモン山地国立公園)

日本における位置づけ・特徴

日本では、英国のように、全国レベルの環境モニタリングの取り組みが政策に反映されるような仕組みはない。しかし、地域レベルにおいては長期的な観測の実績が地域の政策や保全活動に大きな貢献を果たしてきた例はある(図4)。例えば、日本にはチョウの愛好家が多く、個人レベルで長年にわたり観測が実施され、たとえ学術的な手法でなく、単なる目測の記録であっても、それを元に環境の変化を読み取ることができるので、その結果をもとに、ボランティア活動などを通じて地域の環境保全活動に繋げている事例が複数存在する。ごくシンプルな形でも、長期的に観測を続けることで得られる情報は極めて貴重である。途上国に応用する際には住民が取り組みやすいかどうかという視点で調査方法を設定することも重要である。

図4 かつて身近にいたオオムラサキが見られなくなったことから、
市民団体によりオオムラサキの生息地となる雑木林の保全活動が行われている(東京都三鷹市深大寺)

ナレッジの所有者・継承者および連絡先

国内のチョウについては日本チョウ類保全協会、日本自然保護協会が知られている。英語のウェブサイトではButterfly Conservation(英国)、North American Butterfly Association (NABA) (米国)などがある。WikipediaのButterflies by country には、国ごとにチョウ種や生態の情報が載っている。

関連URL

引用・参考文献

  • 特定非営利活動法人富士山自然保護センター『富士山の自然 Part.1 いまの北側の自然』(2014年)ほおずき書籍
  • 特定非営利活動法人富士山自然保護センター『富士山の自然 Part.2 北側の自然のこれから』(2014年)ほおずき書籍
  • 石谷正宇著『環境アセスメントと昆虫』(2012年)HOKURYUKAN
  • 公益財団法人日本自然保護協会『モニタリングサイト1000里地 調査マニュアル ver.3.1』(2015年) https://www.nacsj.or.jp/official/wp-content/uploads/2017/06/butterfly_manual_3_1-1.pdf
  • エリザベス・コルバート「昆虫たちはどこに消えた?」『ナショナルジオグラフィック日本版』2020年5月号, P32-P55, 日経ナショナルジオグラフィック社
  • Thomas, J. A., Telfer, M. G., Preston, C. D., Greenwood, J. J. D., Asher, J., Fox, R., Clarke, R. T. and Lawton, J. H., 2004. Comparative Losses of British Butterflies, Birds, and Plants and the Global Extinction Crisis. Science, 303 (5665): 1879-1881.

その他

環境指標として森林性のチョウをモニタリングすることで、森林環境や生物多様性の変化を把握できる。

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JIFPRO
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