ナレッジ名称:黄花椿の育苗技術-ベトナムの金花茶をふやす-

ナレッジ概要

黄色の花が咲く黄花椿は中国南部からベトナムにかけて約50種が分布している。葉や花に薬効成分を含有することから乾燥させた花冠は金花茶と称され、長い間健康茶として飲用されてきた。金花茶の飲用文化は中国で発祥したものだが、近年、隣国ベトナムでも飲用されるようになってきている。元来、ベトナムでの黄花椿の収穫は自生木からの採集が主体であったが、需要増に伴い親木から苗木を育てビジネス化しょうとする動きが高まっている。しかしながら、育苗による苗木の確保は必ずしもうまくいっていない。我が国においては金花茶を飲用する風習はないものの、黄花椿との関わりは深く、1980年、我が国の技術者による交配育種が世界に先駆けて行われた。以来、主に園芸目的で黄花椿の育種・育苗・栽培が行われている。現在では金花茶の名は黄花椿の代名詞として日本の椿愛好家にも浸透しており、黄花椿の複数の原種の苗木が日本国内で生産・流通している。椿全般に目をむけると、我が国における椿栽培は鎌倉時代中・後期に始まったものであり、その栽培技術は、長い経験に裏付けられながら蓄積され、改良されてきたナレッジといえる。関連書籍、文献も数多く出版されており、広く普及している技術である。アジア諸国における金花茶需要増のなか、貴重な森林資源である黄花椿の保護・活用のために、日本が有する黄花椿の育苗技術は世界に共有されるべき有用ナレッジの一つとして位置づけられる。

背景(歴史・発展)

ツバキ属(Camellia)のなかに黄色い花弁を有する種(黄花椿)がある(図1)。黄花椿は葉や花にポリサッカライド (polysaccharide)、 ポリフェノール (polyphenol)、サポニン (saponin)、フラボノイド (flavonoid) を含み、花冠等を乾燥させ健康茶(金花茶)として飲用されている。金花茶の原材料である黄花椿は中国南部からベトナムに分布し、52種の黄花椿が報告されている(Tran et al. 2019)。特に、中国では珍重され、古くから飲用されてきた。また、その希少性から植物界のジャイアントパンダの異名をもつ(China daily 2014)。現在では、隣国ベトナムへも金花茶文化が伝播し、同国でも飲用されつつある。

我が国に目を転じると、椿の名は「古事記」や「日本書紀」にも登場し、椿を神事等に使うなど、古くから椿と深いかかわりを持って暮らしてきた。椿が栽培されるようになったのは室町時代中・後期といわれている。江戸時代になると椿の栽培が盛んになり多くの品種が作り出され、育種・育苗・栽培技術も発展・蓄積されていった(河原 2001)。

我が国に初めて黄花椿が導入されたのは日中国交回復後の1979年である。この導入種は中国広西壮族自治区の山中に生育するクリサンタ(Camellia chrysantha)であった。本種は中国において金花茶として飲用されている種に該当する(1965年に新種報告された当時の学名はTheopsis chrysanthaであったが、1974年にC. chrysantaに改名された)。1980年には本種の花粉を用いた交配育種が行われるようになるが、これは米国、中国本土における交配育種の先駆けとなった(箱田 2005; 箱田 2006)。以来、我が国では黄花椿の育種・育苗・栽培が盛んに行われ、現在では、園芸ブームもあり、クリサンタを含め複数の黄花椿の原種の苗木が生産・流通している。椿生産地の一つ、久留米市草野地域には久留米市世界のつばき館があり、ここには中国、ベトナムに自生する複数の黄花椿がコレクションされている(久留米市世界のつばき館2017)。

ベトナム産黄花椿(金花茶)の発見・記載、薬効成分の認識に対して我が国の研究者が果たした役割は大きい。箱田直紀博士はハノイ自然科学大学のニン(Ninh)博士とともに、1990年代以降、ベトナムにおいて積極的に野外調査を行い、クエホンエンシス(C. quephongensis)、タムダオエンシス(C. tamdaoensis)、ヒルスタ(C. hirsute)など多くの新種を発表した(箱田 2005)。

椿の薬用成分に関しては、谷川ら(2010)が、黄色成分である黄花椿数種のカロテノイドを分析している。その結果、ベトナム産クエホンエンシスには他の黄花椿に比べ、ビタミンAの前駆体で抗酸化力のあるβクリプトキサンチン、βカロテンの含有量が多いことが明らかとなった。

図1 黄花椿と日本産椿 左:クエホンエンシス C. quephongensis、右:ヤブツバキ C. japonica(撮影:執筆者)

具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)

黄花椿を含め椿の育苗方法には、実生、挿し木、接ぎ木の3通りがある(表1)。

表1  椿の育苗方法 (日本の場合)
方法 内容
実生 適期 9月~11月
播種 取り播き、あるいは、少し湿ったミズゴケとともに冷蔵庫にて保存し、3月に播種。
用土 赤玉土。
挿し木 適期 6月下旬~8月下旬
さし穂 葉が2~3枚ついた新梢(長さ:6~8 cm)。平切り(断面が円になるように切る。斜め切りは細根の発生が悪い)。30~60分水あげする。
用土・さし床 赤玉土・さす前に十分に潅水する。
さし方 さし穂の半分を垂直にさし地際を指で固める。
管理 半日ほど日陰に置き、その後最初の10日間は毎日潅水。以後、乾いたら潅水。1ケ月程度で発根する。発根したら800倍程度の液肥を2回施す。
接ぎ木 適期 3月~4月。8月でも可能。
台木 サザンカ類・ツバキ類。
管理 接ぎ目を飽和状態に維持する。ポリ袋かけ、日覆、水やりが必要。

表1の育苗方法の違いは苗木成長特性に現れ、1)根系の発達形態と2)遺伝形質の安定性が異なる。実生から苗を生産した場合は直根が発達し、支持力の大きい根系を有する苗木を得ることができる。一方、挿し木苗では茎から発生する不定根とそれから派生する側根が根系の中核となるため、苗の初期成長においては実生苗の方が成長には有利だとする報告が一般的である(例えば、松永ら 2008)。挿し木苗の利点は、親木のクローンであるため、優良な形質がそのまま継承され、目的にかなった苗木を得ることができる点にある。実生の場合は親が純系ではないため親の形質が安定的に引き継がれることがなく、品質にばらつきがみられる (植物生理学会 2015)。花の収穫が目的の金花茶栽培の場合は、花の収穫歩留まりが良く、親の良好な形質(花冠が大きく、黄色が鮮やかなものの方が高値で取引される)が引き継がれる挿し木による育苗が行われることが多い。

ナレッジ活用事例

1) 我が国におけるクエンホンエンシスの挿し木事例

日本国内で本ナレッジを活用した黄花椿(クエホンエンシス)の苗木づくりを試行した。クエホンエンシスの挿し木による育苗は、基本的には表1に示したとおりだが、本種の場合、葉が日本の椿(ヤブツバキ等)より大きいので(図1)、さし穂の葉は半分にカットすることとした。また、土壌の乾燥を防ぐため、さし床はビニール等で覆い、週に1回程度潅水した。本種は自然状態では相対照度10%以下の林内で生育するため(公財 国際緑化推進センター 2020)、夏はネットで遮光(遮光率80%)することが望ましいようである。

図2 クエホンエンシスの挿し木試験(於:原園芸)。左:さし穂(2019年7月9日)、中央:さし床、右:発根の様子 [実際には根はもっと長いが抜き取り時に切れて短くなっている (2020年4月9日)]。(撮影:原園芸)

2) ベトナムにおけるクエンホンエンシスの挿し木の実施例

金花茶の育苗は原産国でも行われている。ゲアン省は野生のクエホンエンシスが自生しており(クエホエンシス命名の地)、同種の保全と地域住民の生計向上を目的に苗木生産と林内栽培に取り組んでいる。しかしながら、苗木生産は成功しておらず、林内に自生する黄花椿より花を採集している。ビンフック省タムダオ郡のさし床においても、その発根率・活着率は50%程度であった(図3、対象種:タムダオエンシス)。

図3 ビンフック省タムダオ郡における黄花椿のさし床の状況。活着率は50%以下と低い。(撮影:執筆者)

挿し木が成功しない、または、発根率・活着率が低い原因は、1) さし穂の採取が必ずしも新梢を採取しておらず、採取時期が不適切なこと、2) さし穂の処理が平切りになっておらず、発根しにくいことや切断面を除菌していないこと、3) さし床に使用する用土として病原菌が混入した表層土壌や肥沃な土壌を使用している可能性があること、4) 道具の管理が悪く、はさみ等使用する道具が消毒されていないことに起因すると考えられる。また、用土として赤玉の調達は困難であるが、表層から1 m以深の汚染されていない水はけの良い土を利用する等で解決できる可能性がある。なお、細かい作業手順が指導・管理者から作業従事者に伝達・徹底されていないことも理由と推定され、作業者の教育や指導体制も重要である。

日本における位置づけ・特徴

我が国の椿育苗の優位性は、歴史と経験に裏打ちされていること、また、準備→さし穂採取→さし床の造成→植え付け→確認といった各工程におけるナレッジが、そのポイントとともに整理・伝承されている点にある。すなわち、ナレッジがマニュアル(一般書籍、口頭伝達を含む)化されており、確実に作業従事者にナレッジが伝達される仕組みが整っている。ナレッジをシステムとして機能させていることが我が国の育苗技術の優位性である。

ナレッジの所有者・継承者および連絡先

茶園業者、園芸業者

関連URL

引用・参考文献

  • Tran MD, Nguyen TT, Hoang ST, Dang TV, Phung TD, Nguyen TV, Dao DT, Mai LT, Vu LT, Nguyen TH, Nguyen PTT, Tran DV (2019) Golden camellias: A review. Archives of Current Research International 16(2): 1-8.
  • China daily (2014) Golden camellia. http://www.chinadaily.com.cn/m/guangxi/hechi/2014-09/05/content_18551816.htm
  • 河原孝行(2001) ツバキの分類と生態. 林業技術708: 8 -11.
  • 箱田直紀 (2005) ベトナムのツバキ・最新情報. 恵泉女子大学園芸学部紀要2: 46-62.
  • 箱田直紀 (2006) 黄花ツバキの系譜と育種の現状. 恵泉女子大学園芸学部紀要3: 43-69.
  • 久留米市世界のつばき館 (2017) パンフレット.
  • 谷川奈津, 山溝千尋, 大宮あけみ (2010) 黄花ツバキ属植物の花弁のカロテノイド成分. 花き研報 Bull. Natl. Inst. Flor. Sci. 10: 75-79.
  • 松永孝治, 倉本哲嗣, 下村治雄, 江藤幸二 (2008) スギおよびヒノキにおける実生とさし木の初期成長形質の比較. Kyushu J. For. Res. 61: 124-127.
    植物生理学会 (2015) みんなの広場 植物Q&A https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3311&target=number&key=3311
  • 公益財団法人 国際緑化推進センター (2020) 金花茶(ベトナム国ゲアン省クエホン郡), 途上国持続可能な森林経営推進事業平成30年度報告書.
  • 桐野秋豊・箱田直紀 (2001) ツバキ、サザンカ. NHK趣味の園芸, NHK出版

その他

黄花椿(金花茶)は、経済的価値の高い森林資源であり、その生育地は、常緑樹の暗い林内である(公財 国際緑化推進センター 2020)。黄花椿を林内栽培するためには森林そのものの保全が必要となる。我が国の黄花椿育苗技術を中国、ベトナム等途上国に展開し、林内栽培を推進することは森林保全の貢献につながる可能性があり、森林保全にも貢献できるナレッジの一つといえる。

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高橋 和也
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