ナレッジ概要
製炭は世界各地で行われているが、わが国で作られる木炭は未炭化物が少なく木炭自体の炭素含有率も高い。炭素含有率が高く未炭化分が少ない木炭は熱源として使用する際に煙の排出がなく、発熱量も高い。炭素含有率の高い高品質の木炭の製造にはわが国古来の築窯技術と炭化の最終工程で行われる精煉(ねらし)によるところが大きい。
炭窯は火が窯内を滑らかにめぐるような形を取っていて、窯内全体を一様に温め、炭化を進めるようになっている。
炭化の最終工程で行われる精煉(ねらし)はわが国製炭法の独特の手法であり、高温処理により炭素含有率の高い木炭の製造に寄与している。
わが国の製炭法には大きく分けて黒炭製炭、白炭製炭の2種類があり、黒炭製炭では窯内消火が行われるが、白炭製炭では真っ赤に焼けた炭を窯外に引き出し消火する窯外消火が行われ、特に高い炭素含有率の木炭を得ることができる。
わが国古来の製炭法はアジア諸国にその技術移転が行われてきたが、近年では白炭製炭の築窯、ねらし技術の普及が行われている。
背景(歴史・発展)
製炭は世界各地で行われ、化石燃料が主となった現在でも多かれ少なかれ利用されている。「炭はそもそもどこから来たか」に答えるのは簡単である。その始まりは山火事だった。山火事の後の消し炭が木炭の始まりだった。わが国で人の手が加えられて作られたと思われる炭は愛媛県大洲市鹿野川の石灰岩洞窟で発見されたものでおよそ1万年前のものとされている。
弥生時代後期に入ると伏せ焼きという製炭法が行われるようになった。現在でも伏せ焼きは行われており、炭材の上を草で被いさらにその上を土で被い、その一端の炭材から蒸し焼きにしていく製炭法である。開発途上国では現在でもごく普通に行われておりわが国でも野外レクリエーションの際に行われている最も基本的な製炭法である。
弥生時代当時の伏せ焼きは積んだ炭材に火をつけるといった野焼きに近いものであったろう。出来た炭はニコ炭(和炭)と呼ばれ、低炭化度で軟質だが、火つきが良く、鉄製農機具の製造に用いられた。
史書上の最古の木炭は日本書紀に記述のある「墨坂の炭」である。神武天皇東征の折,熊野から吉野に進むときにヤソタケルが三日三晩炭を燃やして通路を妨害したという。おそらくこの炭も野焼きに近い炭であったと思われる。
飛鳥~奈良時代になると伏せ焼きの技術が進歩し、アラ炭というニコ炭よりも上質で、火持ちが良く、煙も出ない炭が作られるようになり室内でも使用できるようになった。
平安時代には炭は宮中や邸宅で暖房や衣類に香をたきしめる伏せ籠(ふせご)に使われるようになり、煙が出ず火持ちのよいイリ炭(煎炭、炒炭、熱炭)が作られるようになった。イリ炭はアラ炭、ニコ炭の二度焼き、またはねらし処理した炭である。ねらしとは炭化の終期に窯口を広げ空気の流入を多くして炭材の未炭化部分を燃焼させて炭素含有率を高める方法である。
わが国では木炭は古代から多方面に用いられてわが国の独自の文化を築きあげるのに大きな貢献をし、今日に至っている。その一つは鉄文化への関与である。古代から近代にいたるまで砂鉄、鉄鉱石から鉄を取り出すたたら製鉄に炭は利用されてきた。鉄は日本刀などの武器、農機具などの金属加工物に利用されている。金属融解炉の反射炉にも炭は使われている。
平安時代には貴族によるお香の使用が盛んになったが、お香の香りを発散させるのに使用されたのが熱源としての炭である。伏籠で衣服に香りをたきしめる薫衣香(くのえこう)、部屋に香りを漂わせる空薫(そらだき)、配合した香料の香りの優劣を競う遊びの薫物合(たきものあわせ)などのお香文化を築きあげた立役者が炭であり、江戸時代に入り確立された香道のもととなっている。
炭は茶道では茶の湯炭として欠かせない。わが国の喫茶の歴史は栄西が鎌倉時代に宋からお茶を持ち帰ったことに始まるが、茶を沸かすに炭は必須であったし、その後、茶の湯は室町~安土桃山時代に千利休による茶道の完成に至っている。千利休は茶炭の炭材としてクヌギを推奨した。クヌギから作られる炭の断面が菊の花の模様に似ていることからこの炭は菊炭と呼ばれている。現在でも茶炭は茶道には欠かせないものとなっている。
炭は古来暖房、調理に用いられてきたことはもちろんのこと、研磨炭や画用炭などの美術、工芸品へも利用されている。
研磨炭は奈良時代から漆器、今属製品、ガラス玉の艶出しなどに利用され、現在ではIC基板、カメラボディ、レンズの研磨のほか、七宝焼き、勲章の研磨などにも用いられている。
画用木炭にはヤナギ、クワ、カバなどの比較的やわらかな材料が用いられており、書きやすく消しやすいのでデッサンに利用されている。
木炭の用途は広く水質浄化、消臭、土壌改良、畜産用飼料等にも用いられ、地球温暖化が進む現在、バイオ炭の農地施用が炭素貯留になり、温暖化防止につながるとのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書により、バイオ炭の農業利用が注目されているが、わが国ではすでに30年以上も前に地力増進法で木炭が土壌改良資材として政令指定されて利用されてきている。
わが国の炭は大きく分けて黒炭、白炭の2種類がある。その製法については具体的技術の項に記述するが、黒炭製炭法は茶炭が作り出された室町時代にほぼその製法が確立され、白炭にあっては弘法大師が遣唐使として唐から帰国した際にその製法を持ち帰ったと言われているが、平安時代に製法の骨格が出来上がったと言われている。
その後、両製法とも技術が漸次改良され炭素含有率の高い高品質の木炭が作り出され今日に至っている。江戸時代に開発された白炭の中でも最も高品質の備長炭はその一つである。
具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)
わが国の代表的な炭の黒炭、白炭の製法は異なっており、その最も大きな違いは炭化過程の最後に行われる消火方法にある。黒炭製炭では窯口、排煙口を閉じて空気の流入を完全に止める窯内消火が行われ、白炭製炭では窯口を広く開けて真っ赤に焼けた炭を窯外に出して灰と川砂の混合物の消し粉をかけて消火する窯外消火が行われる。
作業工程は下図の手順で行われる。
両製炭法でもう一つの大きな違いは炭化温度にある。炭化過程では両製炭法も窯内の炭化温度は300~400℃で進行するが、炭化終期に行われる「ねらし工程」で黒炭窯では800℃前後、白炭窯では1000~1200℃になる。
*築窯
わが国の製炭技術で優れた点の一つに築窯がある。
以下に黒炭窯、白炭窯の一例の写真と断面図を示す。いずれの窯の天井も緩やかな凸型を描き、平面図では卵型、あるいはビワ型になっている。窯口で着火した火は窯内の上層を走ることになるが、窯型のこの構造によって着火された火が天井下を緩やかに巡り、また、窯壁をスムーズに走る構造になっていて火の巡りが滑らかになっている。また、排煙口が窯口とは反対側の窯底から立ち上がっていることも火の巡りを滑らかにするのに役立っている。
炭窯による製炭では窯上層部の炭化が進み、窯底部では未炭化物が出る可能性があるが、築窯に先立ち窯底になる土地に石や木片を詰めたり、配水用のパイプを設置して土中の排水を促すための設備が施される。これも未炭化物を防ぐための策である。
* ねらし(精煉)工程
前述のようにねらしは炭化過程終期に窯口を広く開けて空気流入量を多くして未炭化部分を燃焼させ木炭の炭素含有率を高める操作でありわが国独特の製炭技術である。
木材組織は800℃付近を境にしてそれより高温では収縮する性質があり800℃付近、あるいはそれ以下での炭化温度で作られる黒炭は硬度が比較的低いやわらかな砕けやすい炭となり、1000℃以上で製炭される白炭は硬度が高く、たたけば金属音のする硬い炭になる。
いずれの炭でもねらし工程により未炭化部分が少なくなるので燃料として使用した場合に無臭、無煙の良質のものとなる。
炭は多孔性なので内部の表面積も大きい。黒炭の表面積は300~400m2/g、白炭のそれは250~300m2/g である。表面積の大きめの黒炭は空気の取入れも大きいので火つきが良く熱量も高いが火持ちが短い。黒炭に比べて表面積の少ない白炭は火つきは悪いが熱量が低めで火持ちもよいので焼き鳥などの営業用に好んで用いられる。
* 窯外消火
白炭製炭に用いられる独特の消火法。製炭工程終期のねらし工程で真っ赤に焼けた炭を鉄でできた掻き出し棒で窯の外に引き出し水分を含んだ消し粉をかけて消火する。消し粉が炭に付着するので炭は白っぽくなるので白炭の名がついた。
白炭製炭法は平安時代に定型化したと言われているが、その後、炭焼き人によって多くの改良がなされ品質の向上につながった。江戸時代に考案された白炭の中でも最も高品質の備長炭の製法はその一つであり、炭窯の形やねらし法などの改良がなされ今日に至っている。木炭を取り扱う団体の(一社)全国燃料協会の木炭の規格では黒炭の固定炭素は75%以上、白炭は85%以上とされている。白炭の中でも特に固定炭素が高く、燃料として高品質の備長炭の固定炭素は90%以上とされている。
注:木炭重量から揮発分(未炭化物)、水分、灰分(無機物)を差し引いた数値で固定炭素の数値が大きいほど炭素含量が高く燃料として高品質の木炭と評価される。
ナレッジ活用事例
黒炭製炭法は(一社)全国燃料協会が環境事業団の地球環境基金の助成を受け、1994~1996年にミャンマー国で現地住民を対象に1994年パティン、1995年モ―ビー、1996年ピンマナで築窯、製炭の技術指導を行っている。その間にJICAの技術協力事業でミャンマー中央林業開発訓練センター係員が日本の黒炭製炭地で研修を行っている。彼は帰国後に同センターで製炭指導員として技術普及にあたっている。
1997年には同じく地球環境基金でラオス国ヴァンビィエン、1998年ルアンプラバン。1999年にはベトナムのダンハー村、2000年ティフォン村、2001年にはタイのナコンラチャシマで築窯、製炭の技術指導を行っている。
白炭製炭法に関しては民間製炭者が中心になってベトナム、ラオスなど東南アジア諸国に出向き築窯、製炭技術指導を行っており、これまで海外では行われていなかった白炭製炭が普及しつつある。
日本における位置づけ・特徴
製炭は世界各国で行われているがわが国独自の黒炭・白炭製炭法で製造される木炭は炭素含有率が高く燃料として高品質なので評価が高い。しかし、炭焼き人口の減少により生産量は減少の一途をたどっている。それを補うために使用量の多くを築窯、製炭の技術指導を行った東南アジアからの輸入に頼っている。
高温で炭化される黒炭、白炭は多孔質で表面積も大きいため、燃料以外の用途、例えば水質浄化、土壌改良、消臭など多方面で用いられている。IPCC報告書の影響で木炭の農地施用が注目されている。
ナレッジの所有者・継承者および連絡先
(一社)全国燃料協会:東京都中央区銀座8丁目12-15、Tel 03-3541-5717
炭やきの会:(一社)全国燃料協会内、東京都中央区銀座8丁目12-15、Tel 03-3541-5717
関連URL
引用・参考文献
- 三浦伊八郎、炭窯百態 (三浦書店、1933)
- 木炭・木酢液等の関係法令・規格集(一般社団法人 全国燃料協会 2013)
- 宮川敏彦、谷田貝光克、図説 土佐備長炭 (飛鳥出版室 2013)
- 日本木炭史、全国燃料協会編(全国燃料会館 1958)
- 開発途上国への木炭・木酢液利用技術普及による環境保全事業―地球環境基金報告書― 、(社)全国燃料協会 (全国燃料協会 平成14)
- 谷田貝光克:炭の特性と働き、コア東京 2017年9月号
その他
炭焼きは周辺の森林を持続的に利用することで成立する産業である。地域住民の定期的な関与が森林保全につながっている。製炭用の木材は比較的短伐期で仕立てられたユーカリなどの広葉樹萌芽林が多い。マングローブも長年使用され、日本のホームセンターなどでも炭を見かけるが、マングローブ林の保全や持続可能性の観点からしばしば議論されることがある。
執筆者(所属)
谷田貝光克(炭焼きの会)
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