ナレッジ概要
軟弱な地盤や液状化しやすい地盤の上に造られた建物をはじめとする工作物は、竣工後に自身の荷重により徐々に沈んで傾いたり、大地震の際に地盤が液状化したりするなどのトラブルに見舞われるおそれが高い。そこで、このような緩い地盤を補強し工作物を守るための様々な工法が古くから開発されてきた。丸太による地盤補強はこれらの工法の一つで、鋼製の杭などに換えて丸太や円柱加工材を地盤に挿入する工法である。丸太などを挿入された地盤は、丸太などの挿入によって土壌粒子が圧迫される結果、土壌粒子が密にかみ合い不同沈下や液状化などを生じにくくなる。さらに、地盤内におかれた丸太などは、条件によってはほとんど劣化しないため、長期にわたって地盤を補強する機能を果たし続ける。さらに地盤補強用丸太が地盤内で劣化しないということは、大気中の二酸化炭素を固定することによってできた木材を地盤内に長期間貯蔵することを意味することから、本工法は気候変動の防止や地球温暖化の防止にもつながる技術となる。
背景(歴史・発展)
人類は古くから木杭を地盤に打ち込み地盤を改良することで安全・安心な社会基盤を築いてきた。その後、産業革命が起こり木材以外の様々な材料が使えるようになったものの、東京駅のリニューアル工事の際に東京駅の地下から木杭が出土したことが示すように、明治期においても木杭基礎が広く使用されてきた(図1)。
しかし、その後2度の大戦を経て日本の森林が荒廃するにともない丸太の使用を控える動きが高まり、木杭を地盤補強に使用する知恵が失われていった。その後数十年を経て日本の森林が充実期を迎え丸太を再度地盤補強に使おうとする機運が生まれたものの、木杭を現代的な工法に取り入れるには工学的な知見が欠けていた。そこで現在の地盤工学的見地が必要とする様々な実験を行い(図2)、地盤補強効果を第三者機関が認証した工法が多数開発され、現在多くの現場で採用されるに至っている。
具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)
製法
以前の木杭には樹脂分が多いとされるマツ材が多く使われていた。一方、現在の地盤改良用丸太は日本の森林に豊富にあるスギ材を樹皮を除去した状態で使用するのが一般的である。丸太の形状については、まず丸太の上端と下端との太さが等しくなるよう円柱加工したものが開発され第三者認証を取得した。その後テーパーがついた、すなわち上端と下端との太さが異なる丸太を使用した場合の地盤補強効果が実験で実証され第三者認証を取得したことから、今日ではテーパーがついた丸太を使用することも可能となっている。テーパーがついた丸太を使用することにより、円柱加工に伴うコスト増や部材のロスなどを減らせるほか、地盤の締固め効果もテーパーがついた丸太の方が高いとされている。言うまでもないが、テーパーがついた丸太を使用する場合は、細い方の端部を下方にした状態で丸太を地面に挿入する。
保存処理(防腐・防蟻処理)
地下水面より下で丸太が劣化しないことが知られている(図3)一方で、地下水面より上では丸太が劣化する可能性を否定できない。そこで地下水面上に地盤改良用丸太が出るような環境で使用する場合には保存処理(防腐・防蟻処理)丸太を使用する(図4)か、丸太を木材腐朽菌やシロアリから守るための措置を別途とるのが一般的である。
作業方法
以前の木杭は打設-木杭の上に重量物を落とした際の位置エネルギーを利用して木杭を地面に打ち込む方法ーにより木杭を地盤内に打ち込んでいた。しかし、近年の建設現場でそのような音や振動を出すと直ちにクレームにつながるため、現在では地盤補強丸太を音や振動のでない方法により地面に挿入している。具体的には、アースオーガーと呼ばれる地面に穴を掘るらせん状の装置を備えた重機を用いて杭より少し細い穴を地面と垂直に先掘する。次いでその穴に丸太の下部を差し込み、丸太上端が穴の真上にくるよう調整したのち、丸太上端に重機で圧力を掛け丸太を穴へと押し込む。最後に丸太上端を切断するなどして上端の高さを調整し作業を終了する。これら一連の地盤改良工事を戸建て住宅の建設予定地といった狭量地で行える比較的小型の重機が開発されている(図5)ことや、工事自体が圧力をかけて丸太を押し込むだけであることから、住宅街のようなところでも地盤補強工事をトラブルなく完了できるようになっている。
優れた特徴
本工法の最も優れた特徴は、丸太に地盤補強という機能をもたせるだけでなく、その機能を持たせつつ気候の激甚化といった様々な問題を引き起こす大気中の二酸化炭素を長期間地中に閉じ込めるのにも貢献することである。試算により地盤を補強する一般的な工法では工事により二酸化炭素が排出されるのに対し、丸太を用いた地盤補強工法では工事によって二酸化炭素が吸収される、すなわち工事を多く行うことによって大気中の二酸化炭素を減らせることが示されている。
制限
今日使用されている地盤補強用丸太は、あくまでも地盤を締固めることによって地盤上の工作物を安定化させる目的で使用するものである。このため、高層ビルや滑走路等の重要構造物を支える基礎杭のように、地中深くにある強固な地盤まで到達することを求められる用途では使用できない。
ナレッジ活用事例
高知市役所
令和元年11月に竣工した高知市役所は液状化しやすい地盤上に建てられているため、発生が確実視されている南海トラフ地震の後でも市庁舎としての機能を果たせるよう、市役所直下の地盤に直径16cm、長さ3.5mのスギ円柱加工材が計15,700本を挿入し、液状化の防止を図っている(図6)。
戸建て住宅
環境パイル(S)工法協会では2022年2月現在累計棟数37,777棟、使用材積数190,061⽴方メートルを達成している。この値は、地盤補強の付随効果として約10万トンの二酸化炭素を地中に貯蔵し、気候変動の防止に貢献したことを意味する。
日本における位置づけ・特徴
国土が狭い日本では、軟弱地盤や液状化しやすい地盤の上に多くの人々が住まざるを得ない。今回紹介した技術は、このような不安定な地盤上で暮らす人々に安心・安全を届けながら気候変動・地球温暖化防止にも貢献する技術である。世界には、同様の条件下で多くの人々が暮らしているため、それらの地域でこの技術を波及することも可能である。
ナレッジの所有者・継承者および連絡先
- 木材活用地盤対策研究会(事務局)
〒108-0075 東京都港区港南1丁目8番15号
飛島建設株式会社内(https://mokuchiken.com/) - 環境パイル工法(S)協会(事務局)
〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町3-3-2 トルナーレ日本橋浜町6F
(http://www.k-pile.net/)
関連URL
引用・参考文献
- 沼田淳紀 2022 液状化・軟弱地盤対策で地中に森をつくる. 基礎工 50(8):83-86
- 沼田淳紀 2022 カーボンニュートラル時代の液状化対策 : LP-LiC工法. 建設機械 58(3):24-29
- 水谷羊介, 今野 雄太, 関本正範, 平野聡 2021 木材の地中利用「環境パイル工法」のNETIS登録. 木材保存 47(3):121-124
- 沼田淳紀 2019 地盤での木材利用による地球温暖化緩和策. 地盤工学会誌 67(4):24-27
- 水谷羊介 2016 丸太を用いた液状化対策工. 基礎工 44(2), 89-92
- 水谷羊介, 中村博, 三村佳織 2015 木材の地中利用(環境パイル工法、LP-LiC工法の開発). GBRC 40(2): 13-22
- 水谷羊介 2013 木杭の支持力機構と耐久性. 基礎工:41(8), 79-82
その他
本技術が安全・安心な社会の構築と気候変動対策等の両面から社会に貢献することが高く評価され、これまでに様々な賞を受賞している。
(順不同)
- ・エコマークアワード2020 優秀賞
- ・環境省 第9回グッドライフアワード 環境大臣賞
- ・第30回地球環境大賞 環境大臣賞
- ・第5回エコプロアワード 農林水産大臣賞
- ・『千葉の木づかいコンペティション2020』特別賞・知事賞受賞
- ・平成27年度地盤工学会地盤環境賞を受賞
- ・ウッドデザイン賞2015 奨励賞
- ・第6回ものづくり大賞 内閣総理大臣賞を受賞
- ・Forest Good 2015間伐・間伐材利用コンクール 林野庁長官賞
- ・第17回国土技術開発賞 優秀賞を受賞
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