ナレッジ名称:木を原料とする飲用のアルコール製造-世界が注目!

ナレッジ概要

木材からアルコールを製造する方法は、日本で開発された世界初のナレッジとして注目されている。木材を粉砕処理するだけで、薬品や熱処理を必要とせずに、酵素と酵母による糖化発酵によって得られる木の香りを感じる新しい飲用のアルコールである。現段階(2020年)では、飲用としての安全性が確認されていないため、日本では試験製造の段階であるが、健康に対する影響が特にないことを示すデータを取得中であり、確認されれば、製造販売が加速されると考えられる。そして、木材の新しい需要の開拓に資すると同時に、建築用材に不向きな樹種、特に広葉樹の利用の幅を広げることにもつながる。また、山村地域の新たな産業振興に活用でき、雇用の創出など地域活性化の材料として期待されている。また、海外の木材も利用可能と考えられるが、食の安全に対しては留意が必要である。

背景(歴史・発展)

古くから世界中でたくさんの酒が造られてきた。原料としては果実や穀物、珍しいものでは、乳なども使われてきたが、手に入りやすい身近な材料である木は、酒の原料に使われた例はない。酒とは、酵母が糖を原料として発酵して作るアルコールである。したがって、甘い果実は、しぼるだけで糖を取り出せ、すぐにワインなどの原料になる。また穀物の場合、その主成分であるデンプンは、麦芽やコウジカビに含まれるアミラーゼという酵素によって糖に変換でき、日本酒やビール、焼酎、ウイスキーなどの原料として選ばれてきた。実は、木も糖の集合体でできており、木の半分は、セルロースという糖の固まりである。しかし、木のセルロースは、細胞壁の中でリグニンという成分により硬く固められているため、容易には分解することができない。そのため、長い人類の歴史を通じても、木は酒の原料になることはなかった。

一方、そのセルロースを基本構成単位である糖に分解して、さまざまな用途に利用していこうという研究から、いろいろなセルロースの変換方法や木材の処理方法が開発されてきた。多くの方法は、木材を危険有害物や劇物などの薬品を使って化学処理したり、高温高圧の熱で処理したりして糖に変える方法である。こうした方法で得られる糖を発酵して得られるアルコールは、木の香りなど含まれず、無味乾燥な純粋なアルコールである。2000年代には、バイオエタノール開発が世界中で盛んに行われ、その中で、ガソリン代替燃料として木材由来の燃料用バイオエタノールの製造技術が開発された。たとえば、劇物の水酸化ナトリウムを用いて150~170℃の高温で木材を蒸解する(木材に含まれるリグニンを除去すること)ことで、木材のセルロースをリグニンから解放し、分解可能になったセルロースにセルラーゼという酵素を反応させ、グルコースに変換し、酵母で発酵させることでバイオエタノールを製造する技術が開発されている。ただ、効率や純度を優先するため、最終的に、木の香りなどの不純物を含まない、酒とは程遠い、純粋なエタノールが製造された。

ところが、木材を1マイクロメートル程度まで非常に細かく粉砕すると、リグニンから解放されたセルロースが表に露出し、セルラーゼで容易に糖に変換できることがわかってきた。この方法を使うと木材の香りなどが残ったままの糖液を得ることができ、これを発酵させることで、これまでになかった香りや味わいを持つ新しい酒を製造することが可能となった。

2020年時点では、試験製造の段階であり、各種樹種に対応した製造方法の確立、得られた酒の香り成分の特徴の解明、人が実際に香りを嗅いだ時の心理的な効果について調べている。また、新しい酒であることから、飲用するにあたって健康に問題のないことを確認するため、安全性に関する試験を進めている。健康に対する影響が特にないことをデータで示し、製造販売できるように準備が進んでいる。

この技術は、木材の持つ新しい魅力を発信していく素材となり、木材の新しい需要の開拓に資するものである。また、建築用材に不向きなサイズのものや適していない樹種、特に広葉樹の利用の幅を広げることにもつながる。そして、山村地域の新たな産業振興に活用でき、雇用の創出など地域経済の活性化の材料として期待されている。

具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)

図1に木の酒の製造概略図を示す。最初に木材の傷んだ部分や汚れた樹皮などをカンナ等を使って取り除く。これをチッパーにかけ、木材チップにしてから乾式粉砕装置で粉砕する。そのサイズは、湿式ミリング装置(ビーズミル粉砕機)で使用可能な0.5mm以下の木粉とする。そして、「湿式ミリング」という方法で木材のセルロース繊維を細胞壁の中に埋もれた状態から外側に露出させる。こうすることで、セルラーゼによる加水分解が可能になる。湿式ミリングは、先の木粉に9倍量の水を加え、懸濁させた後、ビーズミル粉砕機に投入する。粉砕室内の水中でセラミックビーズを激しく動かし、その破壊力を利用して木粉を小麦粉よりも細かい、数マイクロメートル以下のサイズまで粉砕している。粉砕すると、なめらかなクリーム状になり、セルロース繊維がスラリー(液体中に固体粒子が混じった流動物)中にむき出しになっている。セラミックビーズは回収し、繰り返し使用する。

図1 木の酒の製造概略図

次に、このクリーム状になった木材スラリーを殺菌し、その後50℃に温調し、食品用セルラーゼを添加する。この温度は酵素が効果的に作用する温度である。数時間経過するとセルロース繊維が分解されるため、木材スラリーは、粘度が低下し、クリーム状から液体状に変化し、セルロースの分解物であるグルコースが増加してくる。それから酵母が発酵できる30℃以下に冷却した後、酵母を添加し、同時糖化発酵を開始する。酵母は、嫌気的な環境でグルコースをエタノールと二酸化炭素に変換し、二酸化炭素は、気泡となって出てくる。数日間、発酵させるとスラリー中のグルコースが全てエタノールに変換され、気泡が出なくなる。この段階で発酵が終了となる。この湿式ミリング法では、セルロースの一部はまだリグニンと固着しており、セルラーゼと反応できない。そのため、糖化発酵できなかった未分解のセルロースは、他の不溶性のリグニンなどの成分と一緒に固形残渣となって発酵液中に残っている。

この発酵液からは、エタノール発酵特有の甘い香りのほか、樹種特有の香りが感じられ、樹種毎に香りの異なる特徴あるエタノールとなっている。木材中の水溶性の成分などは、発酵液に溶け込んでおり、味や色として感じることができる。発酵液を濾過し、固形残渣を除去すると色のついた醸造酒となるが、アルコール度数は2度程度でかなり低い。これは、糖化前の木材スラリーの粘度が高く、スラリー濃度を10%以上にすることが困難であり、糖化後のグルコース濃度の上限が、理論上5%までであることが原因である。また、この醸造酒の味は、木のえぐみや雑味が強く、うまいとは言えない。ただし、香りについては、樹種の特徴を感じる興味を引く香りとなっており、試験中の樹種(スギ、シラカンバ、ヤマザクラ、染井吉野、ミズナラ、クロモジ)では不快なものはない。

この発酵液を濾過したままの状態では飲用の酒に適さないため、アルコール度数を上げることと醸造酒の雑味を取り除く必要がある。そのため、発酵液を減圧蒸留している。これにより、アルコール度数が市販の酒並みに増加し、香り成分が濃縮された蒸留酒になる。蒸留酒は、無色透明で雑味はなくなり、すっきりとした味わいになり、個人的には、なかなかおいしい酒になっている。(図2)。蒸留の回数、回収の方法によって、アルコール度数は任意に設定可能である。

図2 木の酒のイメージ写真 (大きい方が醸造酒、小さい方が蒸留酒)

試作した蒸留酒は、それぞれ樹種毎の香りの特徴を顕著に感じることができる(表1)。ただし、木材の香りそのままということではなく、基本的には、酵母が発酵で醸す香りに木の香りなどが上乗せされているという感じである。スギやクロモジなどは、木の持つ香りに近いが、ミズナラやサクラは、材そのものの香りとは違う樹種の特徴が現れた香りとなっている。シラカンバなどは、材からの香りというよりも、発酵の香りに特徴が出ている。このように「木の酒」は、樹種を変えることで多彩な酒に加工することができる。また、木の酒を味覚センサーを使った機械分析に供し、主成分解析を行ったところ、市販の酒(日本酒、ウイスキー、ワイン、ブランデー、焼酎など)とは全く異なるポジションに位置付けられ、新しい味わいの酒となっていることが示されている。

表1 香りの特徴
樹種 香りの雰囲気
スギ スギ樽の香り
シラカンバ 甘い果実のような香り
サクラ 花、桜餅のような香り
ミズナラ 樽熟成ウイスキーの香り
クロモジ 爽やかな甘い香り

人類にとって木を原料とした酒が造られたことはなく、飲用の経験が無い初めての酒であるため、現段階(2020年)で、飲用できると確定しているわけではない。食生活の中でよく使い、口に入れる(食するということではないが)という経験のある樹種を選んで試験製造しているが、「木の酒」を人間が飲んでも健康に問題がないことを確認することは、実用化に向けて重要な課題となっている。これまで、スギを原料とした酒については、残留農薬、重金属、有害物、カビ毒、溶剤、遺伝子突然変異誘発性の分析を行い、問題がないことを確認した。さらに安全を確認する試験を追加して、健康影響に関する試験データを蓄積しているところである。今後、他の樹種を原料とした酒についても、飲用の安全確保に努めていく予定となっている。したがって、どんな樹種でもアルコールにすることは可能であるが、飲用ということを考慮して樹種を選択する必要がある。

ナレッジ活用事例

研究開発、試験製造段階であり、販売事例はない。

日本における位置づけ・特徴

日本の樹木のうち、スギ、シラカンバ、ヤマザクラ、染井吉野、ミズナラ、クロモジについての開発を実施中。日本で食と関連深い樹種(保存容器、食器、食材等で利用されている実績がある)が選択されている。

ナレッジの所有者・継承者および連絡先

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
特許出願番号 2018-040586 樹木材料のリグノセルロースを原料としたアルコール飲料及びその製造方法

関連URL

海外での報道

引用・参考文献

  • 大塚祐一郎、野尻昌信、楠本倫久、橋田 光、松井直之、大平辰朗、松原恵理、森川 岳、2020年、木材から造る香り豊かなアルコール -世界初の「木のお酒」を目ざして-、森林総合研究所 令和2年版 研究成果選集 36~37
  • 公益財団法人 PHOENIX木材・合板博物館、2019,ほのかに木の香りがします。いいえ、人類初のお酒の香りです。 PLY 9:8~9
  • 野尻昌信 2020 木を原料としてお酒をつくる -木の新たな可能性-、森林と林業 2020 12:14~15
  • 大塚祐一郎、野尻昌信、2020,湿式ミリング処理によって可能となる香り豊かな「木のお酒」の製造技術、森林技術 942:25~27
  • Yuichiro Otsuka, Masanobu Nojiri, Norihisa Kusumoto, Ronald R. Navarro, Koh Hashida and Naoyuki Matsui 2020  Production of flavorful alcohols from woods and possible applications for wood brews and liquors、RSC Advances 2020 10:39753~39762

その他

複数の広葉樹の樹種が利用可能であり、単一種の森林から多様性を持った森林へ転換や資源の保全が期待できる。また、海外の樹種も利用可能で、問い合わせもあるが、製造・販売国の法律に準じた許可が必要である。

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