ナレッジ概要
オイルパーム(アブラヤシ)はパーム油を産出するヤシ科植物である。その油脂生産に伴い排出されるバイオマスや廃液は、様々な副次的な活用が考えられる有用な資源である。すでに20年以上日本国内の大学や研究機関、民間企業などが、インドネシアやマレーシア等、パーム栽培と油生産を行なっている国々と協力して、様々な利用技術を開発してきた。その中でも、大気汚染や水質汚濁などの公害を防止する対策として培われた技術の蓄積を、環境保全を念頭に置いたパームオイル産業の確立に活かす取組がなされている。本項ではこうした技術や取組の一端を紹介する。
背景(歴史・発展)
環境保全の観点に立つと、オイルパーム栽培・パームオイル産業は熱帯林破壊に繋がる「悪者」として扱われる場合がある。その一方で、パーム油は世界で最も利用されている植物油脂の一つであり、インドネシアやマレーシアなどパーム油生産国においては国家経済を支える重要な産業となっている。そのため、もはや世界的に欠かすことのできないパーム栽培・油脂生産が、環境の保全にも配慮した持続可能な産業として立脚することが望ましい。
空果房(くうかぼう、empty fruit bunch = EFB、図1)は、搾油時に果実を果房から外す際に搾油工場で大量に発生する。その一部は堆肥原料として加工されるが、大部分は栽培地(プランテーション)に戻される。このEFBは概ね木質性であり、機械処理によって簡単に繊維状になる。日本には古くから木質資源を利用するための技術やノウハウが蓄積されており、木材と似た成分構成のEFBに対しては、比較的こうした既存技術を適用しやすい。また、EFBは工場に集積されているためアクセスしやすい材料であり、生産国内外で最も研究や技術開発の対象にしやすいというメリットがある。その一方で、果実収集時に高温高圧で蒸煮するため、現場では高含水率の状態にある。したがって、そのままボイラーなどの燃材にはできないデメリットがある。
オイルパームの搾油工場では蒸煮処理や各プロセスでの洗浄等により、大量の廃液が発生する。この廃液はPOME(= palm oil mill effluent)と呼ばれ、工場敷地内に設置された溜め池(ラグーン、図2)に貯留される。ラグーンの役割は発酵処理による廃液の浄化であるが、その際に大量のメタンガスが発生する。メタンは温室効果ガスであり、また臭気の発生や残汚泥の処理など環境悪化に繋がる問題を抱えており、抜本的な改善が求められている。
具体的技術(製法、作業方法、実施方法等の具体的なナレッジの方法)
大量にあるバイオマス資源を大量に利用するためには、紙パルプ原料とエネルギー源としての活用が有利であり、需要の観点から欠かすことができない。ここではこうした需要に応えるべく、パーム油生産の残渣である未利用バイオマスを大量に抱えるマレーシアにおいて、日本で培われた技術や知見を研究開発に活かした事例を取り上げる。
マレーシアの紙パルプ製造は元来あまり産業として確立されていない。しかしながら、パームバイオマスのうち果実を外した果房部分(=空果房、EFB)は木質の繊維状であり、それを原料として活用し紙パルプの自給率を上げたいという根強い願望が研究者や技術者の間にある。一方、日本には長年に渡り培われた紙パルプ製造の技術があり、特に公害防止対策に由来する環境に配慮した技術開発は世界のトップクラスである。こうした日本の技術をマレーシアにおいてEFB繊維に適用し、イオウ分を含まない蒸解(=原料を煮ること)、塩素を使わない漂白方法などを組み込んだ環境保全型のパルプ製造技術の開発に取り組んできた。
EFBはセルロース系70%、リグニン17%、灰分1%と成分的に木材に近い。そのため、蒸解ならびに漂白のプロセスに必要な薬剤は、通常の化学パルプ生産に用いられるものを適用できる。そこで、まずパルプ化については、イオウ分を含まない水酸化ナトリウムをベースにした薬液の使用による蒸解条件の設定を行なった。次に、蒸解で得られたEFBパルプに対して、酸素、オゾン、過酸化水素など塩素を含まない漂白方法について検討した。ここに挙げるイオウや塩素は従来のパルプ製造の際に薬剤に含まれることが多いが、これらは水質汚濁や大気汚染の原因物質となる可能性がある。したがって、日本国内のパルプ製造においては、こうした化学成分の含有を極力抑えた技術が開発されている。そこでEFBパルプの製造技術を開発するに当たり、未利用資源を活用するというコンセプトから、より環境に配慮したプロセスを経由する方法を用いることとした。製紙用のパルプに加え、工業原料となるセルロース純度の高い溶解パルプの調製条件も検討した結果、いずれも広葉樹パルプと遜色ない特性を有するものが得られることがわかった。
一方、パーム搾油工場のラグーンに貯留されている廃液POMEには、回収されない油脂や固形分が含まれている。それを貯留することにより発酵処理を行ない、廃液中の有機物濃度を十分に低下させてから、浄化した上澄み水を河川に放流している。廃液は処理する果房に対して重量比80%ほど排出され、貯留時には常時メタンガスが大量に大気中へ放出されている。
そこに日本のビール工場などでも用いられている排水処理技術を導入し、効率的な水処理とメタンガスの回収システムを構築することを試みた。まず初めに、ラグーンからどれだけのメタンガスが発生するか検証を行なった。その結果、ガス発生量は果房処理量、すなわちパーム油生産量に比例すること、POME1トン当たり約12kgのメタンが発生していることが明らかになった。
次に、大量に発生するメタンガスを捕捉するために、タンク式の廃液処理装置をPOMEに適用することを検討した。タンク式では上部に「蓋」をしてガス用配管を行なうことにより、発生するメタンガスの全量回収が可能となる。また、嫌気性発酵において触媒の役割を果たす汚泥の濃度を制御でき、ラグーンで行なうよりも遙かに短時間で廃液中の有機物濃度を低下させることが判明した。開放系のラグーンでは大気中に放出され温暖化ガスとなりうるメタンが、タンク式のPOME処理で回収されることによりエネルギー源としても活用でき、環境保全とエネルギー確保の「一挙両得」なシステム構築に向けて大きく前進した。
ナレッジ活用事例
オイルパーム空果房繊維EFBのパルプ化は、環境に配慮した手法により既存のパルプ製品と同等の品質が得られることが分かった。図3に示すとおり、ソーダ系の蒸解と無塩素漂白を組み合わせて製品サンプルを調製することができた。この研究の成果として得られた知見は、まだ小規模ながらマレーシア国内におけるEFBを原料とする紙製品の製造に活かされており、インドネシアなどほかのパーム油生産国への普及が期待される。また、溶解パルプについてはこれを切っ掛けに現地の大学や研究機関等で研究開発が進められており、繊維や増粘剤などの原料のほかセルロースナノファイバーやプラスチック代替材料など、EFBに由来する環境適合型素材の開発に繋がる可能性が秘められている。
パーム油搾油廃液POMEの処理ついては、マレーシア国内の工場に貯留タンクを含めた大規模なパイロットプラントを設置した(図4)。ここでは嫌気発酵槽から排出されるメタンガスを捕捉し、バイオガスタンクに貯留される。それをガスエンジン発電に用いることにより、電力供給を行なうという構想ができあがった。これまで無為に放出されていた有益なメタンガスを、日本の技術による廃液POME処理により電力エネルギーに変換できれば、グリーン電力を用いた新たな事業の誘致も可能となる。
日本における位置づけ・特徴
日本では1960年代から70年代にかけての高度経済成長期に、急速な工業化に伴う環境汚染に直面したが、成長期後半から大気汚染や水質汚濁などの公害を防止する対策を徹底し、科学技術の力によってこうした環境問題を克服した。同時に、我が国には資源を無駄なくフル活用することを良しとする「モッタイナイ」精神がベースにある。
その一方で、熱帯地域には未利用の植物資源が数多く存在し、また各種産業における環境保全対策もまだまだ改善の余地がある。そこにこれまで日本において培われた技術を適用し、環境に優しい手法により最大限に資源を活用することができれば、無駄のない循環型のシステムを構築することができる。オイルパームはまさにその一例として、パーム油のみならず廃棄されるバイオマスや工場廃液も有効に利用して循環システムが構築できれば、気候変動対策、資源やエネルギーの保全などSDGsに即した産業に生まれ変わることが可能になる。
ナレッジの所有者・継承者および連絡先
- 国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
- 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター
- 国立大学法人 九州工業大学
関連URL
- 国際農林水産業研究センター https://www.jircas.go.jp/ja
- 九州工業大学 https://www.kyutech.ac.jp/
引用・参考文献
- 白井義人 2021 「アブラヤシ産業の未利用資源のエネルギー利用」、アブラヤシ農園問題の研究Ⅰ(グローバル編)、第11章:240-259、晃洋書房
- 田中良平 2021 「木質バイオマスとしてのアブラヤシ」、アブラヤシ農園問題の研究Ⅰ(グローバル編)、第12章:260-278、晃洋書房
その他
マレーシアやインドネシアなどの現地では、パーム油生産でかなりの利益が出ていることから、副次的に発生するバイオマスや廃液を活用することに対して、今ひとつ本腰が入っていないように感じられる。しかしながら、これらの副産物は日々大量に排出されるという現実がある。「大量に出るものを大量に使う」ために、紙パルプやエネルギーなど需要の大きいモノに変換することが極めて重要である。同時に、資源の有効利用は循環型社会を目指して環境保全を図るためには必要不可欠である。そこに、日本で培われた技術を幅広く活かす可能性が秘められている。
執筆者(所属)
田中良平(森林総合研究所 企画部)
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