トウシキミ由来のシキミ酸

原料となる植物

学名
Illicium verum (G.Don) Hook.f.
一般名
八角、ダイウイキョウ(大茴香)、Star anise(スターアニス)、dok chan, poy kak bua(タイ語)、vat giac huong, dai hoi等(ベトナム語)
樹種概要

中国南部およびベトナム北東部原産の常緑樹。紀元前2000年頃から栽培されており、野生種か栽培種かの区別は困難。 中国・広西チワン族自治区や雲南省のほか、ラオス東部の山地、中国・広西チワン族自治区と接しているベトナム・ランソン省、韓国、日本、台湾、ハワイ、フィリピン等でも栽培されている。

樹高15メートルほどまで成長し、黄緑色や濃いピンクからえんじ色の花をつける。果実の香りはセリ科の一年草アニス(学名:Pimpinella anisum)に類似し、果皮は星型である。収穫は1年に2回可能であり、中国では9月から10月、3月から4月にかけて収穫される。9~10年生から80年生頃まで収穫が可能である。成木の場合、1シーズンで8~12kgの果実が収穫でき、4~5kgの生の果実は乾燥させると1kg程度となる。 スターアニスは、中国料理、インド料理、マレーシア料理、インドネシア料理、ベトナム料理等で広く使われており、中国料理に使われる五香粉を構成する香辛料の一つである。さらにタイ・ティーやチャイにも使われる。

産品の特徴

用途
食品、医薬品、化粧品
産地
中国、ベトナム、ラオス等
産品概要

抗インフルエンザ薬の原料

トウシキミの果実から抽出されるシキミ酸は、抗インフルエンザ薬「オセルタミビル」(商品名タミフル)を製造する際の出発原料として知られている。インフルエンザ患者一人を治療するためには1.3gのシキミ酸が必要であるが、これらは果実13gから抽出される。
2005年の鳥インフルエンザ流行時には、各国がタミフルを備蓄したため、タミフル製造特許をもつロシュ社(スイス)からの供給が追いつかない事態になった。そのため、トウシキミの果実のほとんどがタミフル製造のために消費されたと言われる。その後、ロシュ社はタミフルの安定供給に向けて、トウシキミ果実を使わず、遺伝子組替え大腸菌による発酵からシキミ酸を得る方法を採用した。その結果、2006年には、タミフル製造に用いるシキミ酸のうち1/3程が、その方法によって生産された。日本ではロシュグループ傘下の中外製薬が販売している。その後2012年になると、シキミ酸の生産にトウシキミ果実をほとんど使わなくなったとされる。なお、タミフルは合併症や入院等を減らす効果がないとの研究結果が発表されるなど、その効果は限定的であると考えられるようになった。その結果、2017年には世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストで「保健システムに最低限必要な薬」から「補足的な薬」に格下げされた。

精油

種子や果実部分には、スターアニス油と呼ばれる揮発性油が含まれる。スターアニス油は、水蒸気蒸留により抽出され、乾燥した果実10kgから1kgの精油が得られる。無色または淡黄色で、その主成分は(E)-アネトールである。このスターアニス油とその抽出成分である(E)-アネトールは、フランスのアニゼット(Anisette)やイタリアのサンブーカ(Sambuca)といったリキュールや、フランスのペルノ(Pernod)、ギリシャのウゾ(Quzo)などのブランデー、リコリス菓子、歯磨き粉、石けん、タバコ、香水にも使われる。
スターアニス油は、アニス(学名:Pimpinella anisum)と同様の成分を含むため、しばしばアニスシード油の代用とされる。スターアニス油はアロマセラピーによって咳や腹痛の緩和、消化不良の軽減を促すために使われる。

スターアニスは薬用としても重要であり、駆風作用、健胃作用、刺激作用、利尿作用、抗リューマチ作用、抗菌作用、感染症予防、殺虫作用等の効果があるとされてきた。このうち抗菌作用はアネトールの成分によるものである。また、スターアニスを含む3種のシキミ属から抽出された13のセコプレジザン型テルペノイドが、ゴキブリ等に対する殺虫作用を有すると言われる。貯蔵穀物保護剤の開発に役立てられる可能性もある。
中国では、伝統的に興奮誘発、去痰、腹部膨張の軽減、健胃、鎮痛等のためにスターアニス油を使用してきた。また、咳止め薬やトローチの香り付けにも用いている。

採集・栽培

果実の収穫は、精油成分が多くなるため、熟す直前に行われる。 繁殖法は、実生、挿し木の2種類がある。播種する場合は種の採取後3日以内に行う、もしくは、低温(5度)の状況下で1年以内保存された種を用いる。

トウシキミの80~90%は、中国で生産されている。中国国内の主な生産地は広西チワン族自治区で、中国国内の生産量の85%程度を占めている(表ー1参照)。
これらの生産地は山岳地帯に位置しており、トウシキミ生産は地域の重要な産業であり、農民の主要な収入源となっている。たとえば、広西チワン族自治区防城港市の防城区では、経済林約7.2万haのうち6.9万haと大部分の面積がトウシキミおよびシナモンのプランテーションであり、林産業分野の生産総額の80%を占める。2010年には、広西チワン族自治区で35万haの農地で年間8万トンのスターアニスが生産されるまでになっている。

 

広西チワン族自治区におけるトウシキミの商業生産は、1978年から実施された中国の改革・開放政策、1979年の中越戦争後のトウシキミをはじめとする複数種の栽培奨励策によって始まり、その後、1990年代以降の緑化政策および林産業の構築促進策によって増加した(表-1参照)。
これらの政策によって生産量は増加したにも関わらず需給は逼迫しており、トウシキミの平均市場価格は1990年に6人民元/kgだったのが、2000年には30人民元/kgにまで上昇している。
2005~2009年には、広西チワン族自治区において、持続可能な自然資源管理やコミュニティの自立という観点から、非木材林産物の生産および加工技術改善のための実証事業が実施された。この事業では、植え付け間隔の調整、剪定、除草、施肥、病虫害対策、収穫、農民による加工技術の向上、スターアニス油生産技術の改善などを実施した。その結果、生産量の増加に成功し、農民の生産意欲向上に貢献している。

表1.中国および広西チワン族自治区のスターアニスおよびアニス油の生産量・輸出量(t)

不安定なシキミ酸の需要

タミフルの需要が安定していないため、トウシキミの需要も安定していない。鳥インフルエンザが大流行した2005年に、トウシキミ由来のシキミ酸の価格は40ドル/kgから400ドル/kgへと急騰し、栽培農家も利益を得た。しかし、タミフルの販売高は変動が激しく、2009年の販売高29億ドルから2011年には販売高4億600万ドルに減少している。
また、トウシキミは植え付けから果実の収穫まで6年程度を要するが、収穫時にもシキミ酸の高い需要が見込めるかどうか不透明である。さらに、前述のとおり、ロシュ社はトウシキミを用いないタミフル製法を開発しており、タミフル原料としてのトウシキミの需要は不安定である。

主な輸出国

中国は、商業ベースでのトウシキミ(八角)およびスターアニス油の生産が長年にわたって行われてきた唯一の国であり、なかでも広西チワン族自治区は、輸出産品としての歴史が長い。中国から60カ国以上に輸出され、安定した、好調な国際市場が形成されてきた。ただし、2000年前後の輸出向け割合は1~2%にとどまっている(表-1)。
中国に加えて、ベトナムでもトウシキミ生産が行われている。2015年には、ベトナム北部のトウシキミ栽培農家によるベトナム林業生産者組織が結成された。この組織内には、トウシキミ販売グループがあり、販売収入をもとに加工に必要な設備の購入等が行われている。また、この組織は、FAO、IUCN、IIEDのパートナーシップであるForest and Farm Facility(FFF)の支援を受けており、バックカン省内外の森林回復および維持を促進し農民の収入向上も目的としている。

参考情報

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