サシャインチオイル

原料となる植物

学名
Plukenetia volubilis Linneo
一般名
サチャインチ(英:Sacha Inchi)またはインカインチ(英:Inca Inchi)、インカナッツ(英: Inca Nuts)、サチャピーナッツ(英: Sacha Peanut)、インカグリーンナッツ(英:Inca Green Nuts)、アマウエベ、アムイオ(アマゾン・ウイトト族による呼称)等
樹種概要

南米ペルーの熱帯ジャングル原産の常緑蔓性低木。暖かい気候を好み、標高200〜1,500m、粘土や酸性土壌に適応するが、良好な成育のためには十分な水分量と水はけの良さが条件となる。野生のサチャインチは二次林の周辺、サトウキビ畑、牧柵上でも育ち、バナナなどの多年生作物の間にも見られる。 樹高は2 m前後で、長さ10〜12 cmと幅8〜10 cmのハート型の鋸歯状の葉をつける。播種から5ヵ月後に花を咲かせ、8ヵ月後に結実する。莢(さや)は直径3~5cmの星のような形状(通常4~7の頂点)で、中に直径1.5〜2 cm、重量1.0~1.5グラムほどの楕円形の種子が入っている。播種して2年で、1回につき100個以上の実と400粒以上の種子の収穫が年5,6回以上可能となる。(年間総収量は、1ヘクタール当たり1~4トン程度)。

種子は主に油の原料となるが、ローストしてそのままナッツとして食べたり、さまざまな伝統的な料理(スープ等)の食材として使われている他、葉も食用となる。オイル成分がスキンケアにも使われる。サチャインチは先住民族によってプレインカ時代から何世紀にもわたって貴重な生物資源として日常的に利用されてきたことが、学術研究から知られている。

産品の特徴

用途
食品、化粧品
産地
ペルー、コロンビア、エクアドル、ボリビア等のアマゾン熱帯雨林周辺国、カリブ海沿岸諸国、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国、インド等のアジア諸国
産品概要

サチャインチオイル普及の背景

サチャインチが世界的な注目を集めるようになったのは、1980年に米国コーネル大学食品研究所が発表した「サチャインチの実に含まれる高品質なプロテインと油に関する研究」に因るところが大きい。その後、2004年にパリで開催された国際的な食用油コンクールであるパリ・ウォルル食用油サロンで金賞(※1)を受賞したことに加え、同年さらにAVPA(L’Agence pour la Valorisation des Produits Agricoles)主催による食用油のコンクール(World Edible Oils Competition)でも金賞(※2)を受賞し、「体に良く美容に役立つ」「食べてもおいしい」油として国際的な評価が高まった。

ペルーでは、サチャインチの加工製品(オイル及び粉)の生産量は着実に増え、2013年には200トンを超えた。またコロンビア、エクアドル、ボリビアなどのアマゾン周辺諸国すべて合わせた生産者数は6,000弱で、作付面積は2,750ヘクタールとなっているが、近年は需給バランスの変化やエルニーニョなどの気候変動の影響で変動幅は大きいと考えられる。その他、中南米に限らずタイ、ラオス、中国などアジア諸国でも栽培が開始されている。

※1. オリーブオイル以外の食用油部門で「インカインチオイル」という名称にて受賞
※2. 1同様にオリーブオイル以外の植物油部門で受賞。この時は「サチャインチ」という名称にて受賞

アグロフォレストリーのスターター樹種として活用

ペルーでのサチャインチ栽培はサチャインチの価値にいち早く気が付いたホセ・アナヤ博士のイニシアティブにより、小規模農民によるアグロフォレストリーが推奨されている。サチャインチをスターター樹種として栽培し、植林や他の作物との混植を通じて二次林の皆伐による牧草地化を抑制することが期待されている。サチャインチの生産地の中には、道路などのインフラが整っていないところも多くあり、特に雨季には収穫物の運び出しが困難になることから、長期的に保存のきくサチャインチは、自然環境や社会的条件の制約を受けることが少なく、ペルーアマゾンの広い地域において、適地適作となる可能性を秘めている。日本のNPO法人アルコイリス(千葉県松戸市)は(独)国際協力機構(JICA)とのプロジェクトで、事業実施地であるウカヤリ州コロネルポルティージョ郡の裨益農民が生産したサチャインチオイルをフェアトレード価格で買い付け、日本で販売するサプライチェーンを構築し、農家の所得安定化に大きく寄与している。

低温圧搾で取り出されるサチャインチオイル

多様な用途があるサチャインチであるが、商業的な価値を持つのは、樹上で乾燥させた種子である。まず収穫したサチャインチの果実の莢(さや)から種子を取り出す。この作業は負荷が少なく、収穫後その場で行われ、全重量の45%を占める莢は有機肥料として利用できる。一方種子から外皮を取り除く作業が困難で、近年では機械化もある程度進んでいるとは言え、外皮の除去作業にかかるコストは市場価格の半分を占めると言われている。

黒い外皮を取り除いた種子は圧搾機に掛けられてオイルが取り出されることになる。一般にサチャインチオイルに多く含まれる多価不飽和脂肪酸は酸化に弱いとされるが、サチャインチオイルはビタミンEを多く含むおかげで比較的抗酸化力が高いとされる。しかし、熱による酸化を極力防ぐために、少量ずつゆっくり低温で圧搾(コールドプレス)する。圧搾後は5,6日間寝かしたり、フィルターを通す(もしくは両方)ことで不純物を取り除くのみで、特別な精製工程を経ないエクストラ・バージン・オイルとなる。また、光にも弱いため色のついたガラスボトルに入れ、中温で保管される。米国等の海外向け輸出製品とするためには、HACCP認証と有機認証を取る必要があるが、市場価格が高く設定できるため、ローカルな小規模生産でもサプライチェーンの構築が可能となる。尚、サチャインチの栄養成分としてタンパク質が約3割含まれている。搾油後のナッツの搾りかすは良質の純植物性プロテインとなり、健康食品もしくは栄養補助食品というカテゴリー、或いは家畜飼料としても販売されている。

健康維持に大きく寄与するα-リノレン酸の宝庫

脂質は、人体を健常に維持する上で必須の物質である。特に脂質の主成分である脂肪酸のうち、人間の体内で合成することができず、食事によって摂取しなければならないものを必須脂肪酸と称している。中でもオメガ3系の必須脂肪酸は、血中中性脂肪値の低下、不整脈の発生防止、血管内皮細胞の機能改善、血栓生成防止作用等いろいろな生理作用を介して生活習慣病の予防効果を示す。さらにHibbeln(1998)によって魚食量とうつ病の有病率が逆相関することを示した多国間地域相関研究が報告されて以降、世界でオメガ3系脂肪酸が精神的健康に与える影響についても国内外を問わず活発な研究が行われるようになっている。

サチャインチの栄養成分は脂質が約5割を占めているが、そのうちオメガ3系の必須脂肪酸であるα-リノレン酸が総脂肪含有量の約45〜53%も含まれている。厚生労働省が行った国民健康・栄養調査(平成17-18年)では1日のオメガ3系脂肪酸の目標摂取量(下限値)として日本人男性(全年齢)に対して2.2g、日本人女性(全年齢・妊産婦除く)に対して1.9gを推奨している。それにはサチャインチオイル4g強でその目標値を概ね達成することが可能となる。その他オメガ6系の必須脂肪酸も30%以上含まれており、必須脂肪酸を適切量摂取するためには最適の食物であると言える。また福島(2010)らの研究では「サチャインチオイルはα-リノレン酸を豊富に含むため高い抗酸化力を持ち,DNAの酸化損傷を抑える働きを有することが認められ、えごま油やアマニ油と並ぶかまたはそれ以上の生理機能を持つ可能性が期待できる」と確認されている。

酸化しにくく、熱による食味の劣化も少ない

α-リノレン酸には、酸化しやすいという弱点があるが、サチャインチオイルは、ビタミンEの中で油を酸化から守る効果の高いγ-Toc(ガンマー・トコフェロール)、δ‐Toc (デルタ・トコフェロール)を多く含むため、無添加にもかかわらず酸化し難く、新鮮な風味が長持ちし、加熱調理による食味の劣化も少ないと言われている。炒め物用の油として使えるため、摂取の機会を手軽に確保できるというメリットがある。

日本での市場動向と展望

日本ではホセ・アナヤ博士のサチャインチオイルの開発プロジェクトにペルーの国立ウカヤリ大学や農業省などと共に参加していたNPO法人アルコイリスが2006年に「インカインチオイル」というブランド名でペルー産サチャインチオイルの輸入・販売を開始。百貨店、高級スーパーなどの店頭で定番商品としての地歩を固めている。2020年3月現在、多数の輸入業者が主に通信販売に乗り出しており、1g当たり8円~13円程度の価格で販売を行っている。参入業者が増えたことで、ペルー以外(例えばタイ)で生産されたサチャインチオイルの販売も始まっている。

2015年頃からα-リノレン酸を多く含むえごま油や亜麻仁油が人気テレビ番組等で再三紹介されたことから、各地スーパーで品切れとなる事態となり、これ以降α-リノレン酸の健康効果に関する理解が浸透した可能性は高い。しかし、えごま油や亜麻仁油は、熱に弱く加熱調理には向かないという弱点があるため、他のα-リノレン酸を含むオイルに比べ熱に強いとされるサチャインチオイルの認知度が上がれば、需要はさらに拡大すると考えられる。一方で、急激な需要拡大はプランテーションによる大量生産と自然林の伐採を誘発する危険性もある。アグロフォレストリー手法のように、持続可能な森林経営と小規模農民の生計向上の両立を図ることが可能なサチャインチ生産モデルを、サステナビリティやエシカル意識の高い消費者に地道に伝えて行くというアプローチが求められるであろう。

参考情報
  1. http://www.arcoiris.jp/
  2. https://www.craigcarlyon.com/blog/2019/3/6/the-history-of-sacha-inchi-consumption 
  3. http://www.fao.org/3/i0641e/i0641e05.pdf
  4. https://www.jica.go.jp/partner/kusanone/partner/ku57pq00002llzuf-att/per_03_01.pdf
  5. http://sachainchidirect.com/aboutsachainchidirect/
  6. Hibbeln, J. R. (1998). Fish consumption and major depression. Lancet, 351, 1213.
  7. NUSSELDER, H. and CLOESEN, P., 2014. NOBLE SEEDS: SACHA INCHI FROM AMAZONIA TO THE CARIBBEAN BASIN?. In A stroll along local lines. Contributions to public policy in the rural sector of Central America, the Caribbean and the Andean Region (pp. 5-14).
  8. 臼田謙太郎・西大輔・松岡豊(2014) 妊娠うつ病予防に対する ω3 系脂肪酸の可能性 (シンポジウム: 精神栄養・行動医学: 抑うつや不安の予防・治療における新しい可能性, 2013 年, 第 54 回日本心身医学会総会ならびに学術講演会 (横浜)). 心身医学, 54(9), pp.849-855.
  9. 内村悦三(1992)熱帯林造成技術テキスト2 熱帯のアグロフォレストリー (公財)国際緑化推進センター編
  10. 岡田斉, 萩谷久美子, 石原俊一, 谷口清 and 中島滋, 2009. Omega-3 多価不飽和脂肪酸の摂取とうつを中心とした精神的健康との関連性について探索的検討: 最近の研究動向のレビューを中心に. 人間科学研究, 30, pp.87-96.
  11. 厚生労働省・健康局総務課生活習慣病対策室 平成17年 国民健康・栄養調査結果の概要(平成18年国民健康・栄養調査「速報」を含む)
  12. 竹山恵美子、松本絵美、福島正子(2012)「グリーンナッツオイルの加熱および保存特性と調理への応用」『日本調理科学会大会研究発表要旨集』第24巻
  13. 福島正子・竹山恵美子・志賀清悟・竹内征夫・小林 哲幸(2010) 「グリーンナッツオイル摂取による 酸化ストレスバイオマーカーの低下作用」『脂質栄養学第19巻第1号』