ヒマラヤイラクサ繊維
原料となる植物
- 学名
- Girardinia diversifolia (Limk) Fris
- 一般名
- ヒマラヤイラクサ、Himalayan nettle、Allo
- 樹種概要
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ヒマラヤイラクサは、イラクサ科の多年草で、種子及び根によって繁殖する。熱帯アフリカからインド、ネパール、スリランカ、ミャンマー、タイ、マレーシア、インドネシア、中国南部、台湾に分布している。南インドでは繊維をとるために栽培されているが、その他の地域では栽培化は進んでいない。ヒマラヤイラクサは耐陰性があり、ネパールではヒマラヤの農地には不向きな山間地域(標高1,500-3,000m)の林床や谷沿いに自生する。
産品の特徴
- 用途
- ヒマラヤイラクサの茎皮から取られた繊維から、カーペットや織物、カバン、衣類等が作られる。また、根や葉は伝統医薬として、アトピー等の皮膚疾患や頭痛、関節痛、腹痛、発熱、虫よけ、抗菌に効くとされている。
- 産地
- ネパール、インド
- 産品概要
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ヒマラヤイラクサの茎皮から得られる繊維は繊維長が長く丈夫で、スムーズで軽く、昔からヒマラヤ山間部に住む住民によって利用されてきた。また、ヒマラヤイラクサは伝統薬としての効能も持ち合わせており、地域住民の間ではそれから作られる衣類等を身に付けることで皮膚疾患等の効能があるとされている。ネパールでは、2005年頃からヒマラヤイラクサ繊維で紡績した糸からカーペットを生産しており、現在ではそれから生産された糸200~300t/年の約95%がカーペット用途に用いられ輸出されている。ヒマラヤイラクサのカーペットは厚手で1m2あたり約5.35kgの糸が用いられ、単価は約15,000円/m2で取引されるため、その市場規模は5億円超であると推測されネパールの重要な輸出産業の一つである。また、ヒマラヤイラクサの繊維は平均1.5m程度と一般の天然繊維に比べて長いため、紡績機では絡まってしまい手作業での紡績が強いられる。よって、特にヒマラヤ山間部に住む貧困層にとって、ヒマラヤイラクサの収穫から紡績まで行いカーペット工場向けに糸を販売することは、貴重な現金収入源になっていると予想される。一方で、糸生産に係る作業日数や手間に見合った糸の買取り価格が設定されていない場合は、地域住民の糸生産のインセンティブが高く維持できず持続的かつ安定した供給が見込めないだろう。ヒマラヤイラクサ繊維の糸は、染色や織ることも可能なので、カーペット生地以外にも、カバンや衣類も作ることが可能である。
植物由来なのに動物性繊維(ウール)のような風合いを生み出す植物性繊維
植物性の天然繊維で一般的に知られているのは、ジュート(黄麻)やヘンプ(大麻)であるが、これらは繊維が荒く硬めである。一方、ヒマラヤイラクサ繊維はウールのような柔らかさを持ちつつも動物性繊維特有の油脂の匂いがなく、動物性繊維を敬遠する消費者から受け入れられる要素を秘めている。また、ヒマラヤイラクサ繊維は中空構造であるため、冬は暖かく夏は涼しいと同時に、抗菌性や難燃性も兼ね揃えた多機能な生地を生み出す原料である。よって、現在は主にカーペット用途として同繊維が用いられているが、その他の製品にも応用することもできるだろう。しかし、先述のように機械での紡績が困難で、基本的には手で紡績されるため生産効率が悪く、他繊維由来の製品に比べ販売価格が高く設定される傾向にある。
輸出入動向と日本の需要
ネパールで作られるヒマラヤイラクサ繊維が原料のカーペットの大部分はアメリカ、ドイツ、カナダ、イタリア等に輸出される。その輸出額の推移は図の通りである。日本にもヒマラヤイラクサのカーペットが輸出されているようだが2010-2016年における年間平均輸出額は250万円程度とごくわずかである。
近年、ヒマラヤイラクサのカーペット輸出額は減少傾向にあるが、その第一要因は重厚なデザインのカーペットの人気が落ちていることである。また、ヒマラヤイラクサはカーペットの他にも手工芸品としてバックや織物、衣類等に加工され輸出されるがその額は200万円程度とカーペットに比べるとごくわずかである。ヒマラヤ山間部の貧困層にとって、森林と共生するヒマラヤイラクサ関連の産業は貴重な現金収入源であり、それからの収入が上がれば森林保全に対するインセンティブも高まるかもしれない。そのためにも、従来のカーペットに代わるヒマラヤイラクサ繊維を使った新たな商品開発が望まれる。
マーケットの展望
先述の通り、基本的にヒマラヤイラクサ繊維は紡績機械にかけることができず、手作業で紡績するため、それを原料とする製品はどうしても販売価格が高くなってしまう場合が多い。BFPROでは、認定NPO法人 ヒマラヤ保全協会に、ヒマラヤイラクサ繊維のビジネスとしての可能性調査を委託した。その調査の一環で、ヒマラヤイラクサ繊維に他の繊維を混ぜることによって機械紡績ができないか検討した。いくつか試作品を作った中で、ヒマラヤイラクサ繊維を40%、綿を40%、バナナの葉由来の繊維を20%の割合で混紡したところ機械紡績が可能であり、かつバナナの葉の繊維が持つなめらかな光沢を帯びた生成りの糸となり、素朴なナチュラルテイストの糸が仕上がった。これを用いてニット帽(上の写真)を作成し、某アジア衣料・雑貨メーカーに見せたところ、合計6,000個の帽子の注文があった。同社に混紡したヒマラヤイラクサ繊維(糸)の感想を訪ねたところ、「これまで糸は中国から輸入していた。ヒマラヤイラクサが混紡された糸は温かみも持ちながらソフトでなめらかな感触もあるため、冬にしか使えなかったウールと夏が主だったコットンとの中間の季節の春や秋の商材として商品の開発が可能なのではないかと考えている。森林保全にも貢献できるということであればなおさら使いたい。糸の名前は「ヒマラヤ」と名付け、当社のスタンダードアイテムの生産ラインに導入したい。」とのコメントをいただいた。本調査で作った試作品を企業に紹介し感想を聞くことで、ヒマラヤイラクサ繊維の他繊維にはない機能・効能が、企業や消費者に認知されれば、多少値段が高くてもビジネスが成立するかもしれないことが示唆された。また、衣料や雑貨等は、原料の品質もそうだが製品のデザイン性によって商品価値が左右される。ネパールの地域や民族によって様々な染色や模様の伝統的織地があることが確認されている(上の写真)が、これらの風合いを活かしつつも、先進国の嗜好にあったデザインを加えることができれば商品価値は高まるであろう。さらには、ヒマラヤイラクサから作られる製品を購入することで、ヒマラヤ山間部の貧困層の生計向上や、それと共に生育する森林の保全に貢献できるというストーリーをアピールすることも、商品性を高める手段として挙げられる。実際、欧州のフェアトレード商品を取り扱う数社が、同繊維を使ったカバン等の製品を、地域住民への生計向上というストーリー付きで販売している。そのためにはネパールの地域住民だけでなく、先進国のNGOや企業の介入が必要不可欠である。
- 参考情報
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- ヒマラヤ保全協会 2017: ヒマラヤイラクサ事業化可能性調査報告書
- M.Brink and R.P.Escobin (Eds.) 2003: Plant Resources Of South East Asia, 17 Fibre Plants, Backhuys Publishers, Leiden, The Netherlands
- Micro Enterprise Development Programme (MEDEP) 2010: Value Chain Based Approach to Micro-Enterprise Development, Value Chain Analysis-Allo
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