森林再生テクニカルノート(TPPs)は、途上国の劣化が進んだ森林や開発後に放棄され荒廃した土地等において、効果的な森林の再生に大きく貢献する技術集です。
マツ属Pinusは110余種を含み、針葉樹では最大の属である。北半球の温帯・亜寒帯に広く分布するが、熱帯に自生する種もあり、スマトラのメルクシマツ(Pinus merkusii Jungh. et de Vriese)は僅かに赤道を超えて南半球に達している。同種に加え、インドから東南アジアに自生するケシアマツ(別名:カシアマツ・ベンゲットマツ)(P. kesiya Royle ex Gordon)、カリブ海地域に自生するカリビアマツ(P. caribaea Morelet)が熱帯での主な造林樹種となっている。荒廃地の再造林を目的として植えられるほか、パルプ材、建築用材、タッピングで得られる樹脂(ロジン)などの利用もある。特にパルプ材としては長繊維であることと生産効率が温帯よりも良いことから熱帯のマツ人工造林はその産業的価値が期待されて拡大した面もある。
虫害に関しては、広葉樹と害虫相が大きく異なり、マツ属が自生しない地域であればマツ属に特異的な害虫が生息しないため虫害が少ないという利点もある。一方、マツ属が自生する地域では植民地時代からマツ属造林が行われてきた場合もあり、虫害もしばしば問題になってきた。特にメイガ科(Pyralidae)の マツノマダラメイガ(Dioryctria)属の蛾類は幼齢樹に大きな被害をもたらしている。
マツノマダラメイガ属(Dioryctria)はユーラシア、北アフリカ、北・中央アメリカ(カリブ海島嶼を含む)に79種が知られている。針葉樹害虫が多く、特にマツ科樹木を加害する種が多い。成虫は開長20 mm〜35 mmのいずれも小型の蛾である。前翅は灰色あるいは褐色の地色に黒点や赤褐色、黒褐色等の斑紋、白色の波状線を持つことが多く、後翅は一様に灰白色〜暗灰色のことが多い。卵は直径0.7 mm〜1 mmの長楕円形で、針葉の基部、若い球果の鱗片、樹皮の裂け目などに1卵ずつ産みつける。産卵当初は白色でその後赤くなる。孵化した幼虫は新梢や球果では初めは表皮を摂食し、やがて新梢や球果の内部に穿孔する。幹に産まれた卵から孵化した幼虫が当初どのように行動するかは不明である。幼虫がどの部位・組織を摂食するかは種によって多少異なる。幼虫の体色は灰色、赤褐色、緑色などがあり、頭部は褐色ないし黒色。成熟すると20〜25 mm程度になる。蛹化は坑道の中で繭を紡いで行うか、坑道から出てフラス(糞)に埋もれて繭を綴る。食害部位を離れ地中で蛹化することもある。蛹は光沢のある褐色円筒形。1世代の完了に要する期間は温度条件に左右され、2〜4ヶ月である。冬がある地域では幼虫で越冬する。
幼虫の食入部位が新梢の場合、球果の場合、幹の樹皮下の場合で被害の起こり方が異なる。
新梢内の軸方向に坑道を掘りながら食害が進む。通常1本の新梢には1個体の幼虫が穿孔するが、大きな新梢では複数個体が入っていることもある。加害された新梢は食入箇所から木屑状のフラスが排出され、針葉が黄変し、やがて枯れる。幼齢木の段階で主軸梢端が加害されると側枝が立ち上がり銃剣状の幹となり、通直な主幹が形成されなくなる。多数の新梢が加害されると再生してきた新梢によりブッシュ状の樹冠になる。
造林地での球果の被害は問題にならないが、採種園での被害が問題となる。インドではP. wallichianaの採種園でD. abietella により大幅な収穫減になった事例がある。
幹では複数個体が1箇所に共存することが多く、樹皮下に不規則な坑道を作って食害する。過去の被害部に食入する個体も多い。被害部は樹脂が溢れているのでよく目立つ。樹脂が多く出ていても、幼虫は樹脂に絡まれることなく自由に動き回れる。幼齢木が多数の幼虫による被害を受けると、幹が変形し、風で折れることもある。また、環状に食害を受けて枯れることもある。
人工林で被害が出始めるのは植林後2年目頃で、3年目から5年目に樹形に影響する新梢や幹の被害が発生することが多い。その後は樹形への影響が少なくなるので採種園での球果の被害以外はあまり大きな問題にはならない。
熱帯のマツ属人工林で被害が記録されているDioryctria属は以下の通りである。
インド・パキスタン・タイでケシアマツ・メルクシマツ を加害。日本〜ヨーロッパにも分布し、マツ属のほかカラマツ属(Larix)、モミ属(Abies)、トウヒ属(Picea)も加害する。
インドでケシアマツを加害。
インドでケシアマツを加害。
キューバでカリビアマツを加害。アメリカ東部の亜熱帯・温帯域にも分布しP. elliotti、P.contortaなども加害する。
キューバでカリビアマツ、P. tropicalis、P. cubensisを加害。
台湾・中国南部でP. massoniana Lambertを加害。日本・中国の温帯地域にも分布し、アカマツ・クロマツも加害する。
インド・ネパールでケシアマツ・P. Roxburghiiを加害。
フィリピン・インドネシアでケシアマツ・メルクシマツ・カリビアマツを加害。
ミャンマー・タイ・ベトナムでケシアマツ・メルクシマツ・カリビアマツを加害。日本〜ヨーロッパにも分布し、マツ属のほかモミ属、トウヒ属なども加害する。
本属の蛾類は難防除害虫であるが、温帯諸国に分布する本属に対して多くの研究が行われてきているため援用可能な技術や情報は多い。
温帯では孵化後の幼虫が穿孔する前の時期を選んだ薬剤散布は有効であるとされるが、低緯度の通年発生が続く地域では適期の判定は困難であり、また大規模造林地の場合は長期にわたる継続的な実施はコストが大きいであろう。季節のあるモンスーン地域で、小規模林分や採種園などで短期集中的に適用するなど、限定的な方法であれば可能性はあり、インドのアルナチャール・プラデシュでは効果があったという報告がある。
熱帯における天敵昆虫の利用は進んでいないが、天敵昆虫の記録は熱帯でも多く、幼虫に高率で寄生するヒメバチ科およびアシブトコバチ科の寄生蜂が報告されている。また、卵に寄生するタマゴコバチ科の寄生蜂にも寄生率の高い種がある。しかし、気候条件がDioryctriaに好適な場合は天敵による個体数制御は期待できないという意見もある。微生物防除についても熱帯での試験例は少ないが、フィリピンでBt剤(細菌Bacillus thuringiensis Berliner)の試験を行い、効果が認められたという報告がある。
熱帯の種も含め性フェロモンが同定されているDioryctria属の種は多いが、熱帯での合成フェロモンを利用したモニタリングや誘殺などの実用化事例は今のところない。熱帯・温帯に広く分布するD. sylvestrellaではトラップ用の合成フェロモンルアーが製品化されいる。D. abietellaではオウシュウトウヒPicea abies(L.) H. Karstの採種園で合成フェロモンを用いた更新撹乱試験が行われ、明瞭な更新攪乱効果が認められている。ただし被害低減は不十分で、域外から侵入したメスの産卵などの可能性が推測されるなど、適用方法に課題を残している。
地域系統(provenance)および変種(variety)間でDioryctriaによる被害率に差異があるという報告が複数ある。北スマトラのメルクシマツではタパヌリ(Tapanuli)由来のものはアチェ(Aceh)由来のものに比べD. rubellaによる被害が少なく抵抗性があると推測されている。ルソン島のアブラ(Abra)ではカリビアマツをD. rubellaが好まず、特にバハマのAndros島由来のものの被害が最も少なかったという。またルソン島タルラック(Tarlac)での観察でもAndros島とキューバのPinar del Rioのカリビアマツは被害を免れたという。これらはP. caribaea var. bahamensis である。キューバでの観察では、Pinus caribaea var. caribaea、P. cubensis、および P. maestrensisは、D. horneanaの被害が多いのに対し、P. caribaea var. bahamensis、P. kesiyaおよびP. tropicalisは被害が少なかったという報告もある。抵抗性育種の候補系統はありそうで、特にP. caribaea var. bahamensis は有望であるが、この変種は成長が遅いという欠点があるとも言われている。
一般に Dioryctria属の被害が出る地域は Dioryctria属が元々生息しているマツ属の自生地である。熱帯のマツ属は比較的標高の高いところに離散的に分布するため、本来マツ属がなかった地域も多い。マツ属自生地でなければ Dioryctria属も生息していないので被害を受ける危険はない。例えばインドネシアではマツ属が自生する北スマトラではD. rubellaによりメルクシマツが加害されるが、元々マツ属が自生していなかったジャワではメルクシマツの造林地が多いにもかかわらず、これまで被害が発生したことはない。また、マツ属自生地域でも既存のマツ属の林(天然林や被害が出たことのある人工林)が近くにある造林地はマツ属の林が近くにない場合よりも被害を受けやすい。フィリピンのルソン島のカリビアマツ人工林の例ではメルクシマツのある天然林から4 kmの造林地では被害が発生したが、10〜15 km離れた造林地では7年間無被害であったという報告がある。マツ属自生地域では、マツ属のある既存林分から十分距離を取って植えるのが一つの被害回避策になりうるが、どの程度距離を取れば安全かについてはさらに検討すべきである。また苗や資材の移動などにより Dioryctria属や他の害虫が侵入する可能性にも注意すべきであろう。
標高1000 m以下の低標高で通年高温な地域では被害が大きいと言われている。このような条件では世代の完了にかかる時間が短く、幼齢木が大量に存在することと相まって植栽後数年の人工林であれば個体数が急速に増加するためであろう。また、貧栄養な土壌でも被害が大きいと言われる。