森林再生テクニカルノート(TPPs)は、途上国の劣化が進んだ森林や開発後に放棄され荒廃した土地等において、効果的な森林の再生に大きく貢献する技術集です。
二酸化炭素放出を抑制するためには、湛水状態で泥炭を維持する必要があるが、湛水条件下での造林は非常に難しい。水の中は酸素の拡散速度が遅く、根が酸素欠乏状態になる。また、泥炭は密度が低く、樹木をしっかり支えることができない。さらに酸性、貧栄養の悪条件も重なる。泥炭湿地林に自生する樹木はこれらの環境ストレスに対して適応する機構を備えているが、ただその苗木を植えれば育つというわけではない。苗木の育て方に問題があるかもしれないし、自然の泥炭湿地と開発放棄地とでは環境条件が大きく異なるかもしれない。また、小さい苗木と大きな木では環境ストレスへの適応の仕方が異なるのかもしれない。まだ苗木の環境ストレス応答や耐性に関する研究は進んでおらず、湛水条件下での泥炭湿地での造林の事例報告も非常に限られている。
これまでに試みられてきた湿地造林、湛水造林の技術は、マウンド等を造成してそこに苗木を植栽することにより、湛水深を浅くして根の低酸素ストレスを緩和するというものである。タニット・ヌイム氏(タイ国天然資源環境省国立公園・野生生物保護局)は、タイ・ナラティワート県のトデーン湿地で泥炭湿地に自生する27樹種の造林試験を行い、湿地性樹種による湿地造林の可能性を示している(Nuyim, 2005)。タニット・ヌイム氏は、マウンド造成による造林試験も行い、いくつかの樹種で活着率や成長の改善が認められることを報告している(Nuyim, 2005)。
ベトナムのメコンデルタの酸性硫酸塩土壌の低湿地では、JICAの技術協力プロジェクトにより、堤を造成してそこにMelaleuca属樹木等を造林する方法が開発された(ベトナム・メコンデルタ酸性硫酸塩土壌造林技術開発計画1997年3月〜2002年3月、http://gwweb.jica.go.jp/km/ProjectView.nsf/11964ab4b26187f649256bf300087d03/1505544914ec83b9492575d100354e1a?OpenDocument&ExpandSection=6%2C8#_Section6)。しかし、マウンドや堤の造成等の土地改変には大きな費用がかかる。
石巻合板株式会社は、1990年代にマレーシア・サラワク州で、先駆的に泥炭湿地造林技術の開発に取り組んだ(北岡ほか, 2002、北岡, 2003)。泥炭湿地で純林を形成するShorea albidaの他、Gonystylus bancanus、Dryobalanops rappaの植栽試験を行い、植栽4年4ヵ月後の活着率は42〜82%という良好な結果を得ている。停滞水の水位と植栽木の生存率、樹高成長量に関してはどの樹種についても明瞭な関係は見られなかったが、樹高成長量は水位が高い場所の方が小さいことが示唆されている(北岡ほか, 2002)。人間の歩行による圧密によって地盤が低下すること、排水によって水位を下げると泥炭の収縮(消失)を起こす懸念があること等、重要な知見が指摘されている。この研究は、湿地造林に適した樹種を用いて良い苗木を作れば泥炭湿地の造林が可能であることを示した最初の例である。
東京大学のグループは、タニット・ヌイム氏と共同で、荒廃した泥炭湿地環境のストレスに耐性を持つMelaleuca cajuputiというフトモモ科の樹木を用いて、造林技術の開発を行っている(小島, 2013)。Melaleuca cajuputiは非常に強い湛水耐性を持ち(Yamanoshita et al., 2001)、湛水耐性種として知られているEucalyptus camaldulensisの成長が阻害されるほどの低酸素の実験条件下でも成長の低下がほとんどない(Kogawara et al., 2006)。またMelaleuca cajuputiは、強酸性土壌条件で植物の生育上問題となるアルミニウムの過剰に対しても非常に高い耐性を示す(Tahara et al., 2005)。火災が頻発する熱帯低湿地の環境に適応した生理的、生態的な特性を持っており、他の樹種が育たないような場所で純林に近い二次林を形成するが、泥炭湿地自然林の構成種にはならない。今のところ、湛水した泥炭湿地の造林で高い活着率を示し、十分な成長量を示すのはこのMelaleuca cajuputiだけであるが、東京大学のグループはそれ以外の多くの樹種の樹種の育苗法、造林法開発を試みている。