森林再生テクニカルノート(TPPs)は、途上国の劣化が進んだ森林や開発後に放棄され荒廃した土地等において、効果的な森林の再生に大きく貢献する技術集です。
UNEP(国連環境計画) によると、乾燥地とは、乾燥度指数(=年降水量/蒸発散位)が0.65よりも小さくなる気候下にある地域としている。乾燥地は、世界の陸地の約41%を占め、主にアフリカのサヘルや南部、中央アジア、南米等に広く分布し、世界の人口の35%が暮らしている。
乾燥地は、乾燥度指数により極乾燥地域、乾燥地域、半乾燥地域、乾燥半湿潤地域の4つに大別される1, 2)。極乾燥地域は、乾燥度指数が0.05未満であり、ケッペンの気候区分である砂漠気候にほぼ一致し、サハラ砂漠やタクラマカン砂漠等のいわゆる砂砂漠がこの地域に含まれる。乾燥地域と半乾燥地域の乾燥度指数は、それぞれ0.05~0.2、0.2~0.5であり、一般的に草原や疎林が優占する。乾燥度指数が0.5~0.65の乾燥半湿潤地域になると林冠が閉鎖した森林もみられるようになる。
これらの4地域のうち潜在的に木本植物の生育が可能なのは、降水量がある程度見込める乾燥地域、半乾燥地域と乾燥半湿潤地域である 。木本植物の再生を対象とした本データベースでは、以下、これらの地域を乾燥地、そこに成立する木本植物の集団(低木叢、疎林や森林)をまとめて乾燥林と呼ぶことにする。この乾燥地では、かつて乾燥林が分布していたが、人為的な活動(農地転用後の不適切な土壌・水管理、過放牧、樹木の過伐等)によって土地劣化が引き起こされた場所が広大に存在する。Zika and Erb(2009)3)によると極乾燥地域を除いた乾燥地の約23%の土地が劣化(11,803×105ha))しているという。土地劣化した乾燥地は、一般に生産性が低く農業や牧畜に不適なことが多く、加えて、潜在植生である乾燥林の自然にまかせた状態での再生も極めて難しい。このため、土地劣化した乾燥地は経済的、環境的な便益を生み出すことなく放置されていることが少なくない。
本データベースの<個別技術>のメニューで、このような劣化した乾燥地の森林(木本植生)を再生するために有効な個別技術を紹介しているが、その導入として以下に、乾燥地の森林再生に関する基礎的な事項を簡単に記す。
乾燥気候下にある植生の主なタイプとしては、熱帯サバンナ、温帯草原、地中海性生態系があげられる2)。熱帯サバンナは、熱帯・亜熱帯気候下の乾燥地の植生でイネ科草本に加えて低木や高木が疎林を形成する場合もある。熱帯・亜熱帯アフリカ、南・中央アメリカ、南アジア等の途上国を中心に発達しており、劣化した面積も広大なため森林再生の最重要地域であると言える。温帯草原は、中緯度地域の温帯域に発達する草原で、プレーリー、中央アジアのステップ、パンパなどが主なものである。草本が優占するが、地域によってはポプラやカラマツ等が混交している場合もある。地中海性生態系は、地中海沿岸、アメリカ西海岸、オーストラリア南海岸、南アフリカ南海岸、チリ西海岸等に発達し、乾燥耐性を持ったオーク、コルクガシ、ユーカリ等の木本性植物(硬葉樹林)が優占している。
降雨量の増加にともない疎林から森林へと移行するが、林冠が閉鎖できるのは降雨量が樹冠から蒸発散していく水の量よりも多い場合と考えられている。降る雨で蒸発散量がまかなえなくなると、自らの樹冠の広がりよりも広い範囲から水を集めなければならないので、隣接個体と水の取り合いの結果、樹冠と樹冠の間が空いて疎林となる4)。
吉川(2014) は水不足の環境で生き残るための植物の戦略を以下の3つにまとめている4)。
森林再生をするにあたって、対象地の土壌の理化学性を把握することは非常に重要である。乾燥地と一言でいっても、土性(土壌の硬さ、保水・排水のよしあし、養分の豊富さ、制限因子の有無等様々な条件が異なり、それによってアプローチが異なるからである。乾燥地の土壌の一般的な特徴として、降水量が少ないために土中の水分の動きは多くの時期で上向きとなり炭酸カルシウム等の塩類が上方向の毛管水の移動に伴い表層部に集積、あるいは中性もしくは弱アルカリ性土壌になることが少なくない。また、植生が少なく有機物の供給が少ないため、腐植がほとんど集積せず保水能力も低い。
極乾燥地域以外の乾燥地に分布する主な土壌は、アルフィソル、エンディソル、モリソル、バーディソルの5つに分類されて、それぞれの土壌で、砂質か粘土質か、塩類濃度が高いかどうか、強アルカリ性かどうか異なり、それぞれに応じた対応策が求められる。また、乾燥地の土壌に見られるもう一つの特徴として、硬盤(不透水層、hardpan)の存在が挙げられる。硬盤は木本植物の根が到達できる程度の比較的浅いところに留まった、シリカ、鉄、カルシウム由来の沈殿物から形成され、そこに根が到達すると枯死(ダイバック)することもあり、硬盤を予め検知して避けて植栽する、もしくはそれを粉砕するなど対策が求められる。
乾燥地における森林再生の最大の制限要因は水であり、耐乾性樹種の選択や育種とともに、流出する雨水や結露水等の集水(water harvesting)や地下水を利用した灌漑、マルチング、土壌保水剤等を用いた植林が行われている。また、乾燥地では不適切な灌漑により土壌の塩類集積が進み生産性が低下した放棄農地(劣化した土地)が少なくなく、そのような塩類土壌の森林再生にはリーチング等による土壌改良や耐塩樹種などが用いられている5)。
乾燥地の土地劣化は経済的、環境的な便益性の著しい低下をもたらすため、そこで暮らす住民の貧困率は高く極貧層も多い。そのため、森林再生によって燃料や木質・非木質林産物とその関連雇用を生み出すことが、乾燥地に暮らす住民の貧困削減・生活向上への重要なアプローチのひとつとなっている6, 7)。
乾燥地の炭素貯留量は、地球全体のバイオマス炭素の14%、土壌有機炭素の27%を有し、土壌炭素貯留機能が大きい1)。乾燥地のバイオマスの炭素貯留ポテンシャルは低いが、その面積が広大であることから、農牧から見放された劣化土壌の森林再生による大気中の二酸化炭素削減効果が期待され、カーボンマーケットからも注目されている6)。乾燥地が占める割合が比較的多いアフリカ、南アジア、オーストラリア/ニュージーランドでは、地域全体の炭素量のそれぞれ59%、49%、80%が乾燥地に分布していると見積もられている8)。