森林再生テクニカルノート(TPPs)は、途上国の劣化が進んだ森林や開発後に放棄され荒廃した土地等において、効果的な森林の再生に大きく貢献する技術集です。
キクイムシ類は世界に7000種以上が知られる穿孔性甲虫の大きなグループである。従来鞘翅目(甲虫目)のキクイムシ科という1科、あるいはナガキクイムシ科およびキクイムシ科という独立した2科として扱われてきたが、最近ではそれぞれゾウムシ科(Curculionidae)のナガキクイムシ亜科(Platypodinae)およびキクイムシ亜科(Scolytinae)とすることが多い。ナガキクイムシ亜科は熱帯・亜熱帯に種数が多く、キクイムシ亜科は熱帯から亜寒帯まで多くの種が分布している。分布の広い種が多いが、これは流木に穿孔した状態で海流に乗って分布を広げた結果自然分布が広いと考えられる種や、丸太の輸出入によって原産国から他国に侵入した種がかなりあるためで、熱帯地域にも日本との共通種が多くいる。
ナガキクイムシ亜科の成虫は全体に長い体型で、頭部と前胸背の幅がほぼ同じで複眼が隆起し、背面から見ると頭部がよく見え複眼が目立つ。また、各脚の第一跗節が長いため脚が長い。キクイムシ亜科の成虫はナガキクイムシ亜科に比べて短い体型で、頭部が小さく、背面から見ると頭部が前胸背に部分的に隠れるか完全に隠れて見えない。複眼はあまり隆起しない。脚は短い。
キクイムシ類は食性面から大きくアンブロシアビートル(ambrosia beetle)とバークビートル(bark beetle)の2群に分けられる。アンブロシアビートルにはナガキクイムシ亜科の全種とキクイムシ亜科の一部が含まれる。養菌性キクイムシ類とも呼ばれ、材内に孔道を掘り、そこに菌を植えてその菌を餌にする。菌の胞子を運ぶためのマイカンギア(菌嚢)と呼ばれる構造を持っている。バークビートルは全てキクイムシ亜科に属し、樹皮下に孔道を掘り内樹皮(生きた組織)を食べる樹皮下食性種が多いが、死んだ材組織を食べる食材性のもの、細枝の髄を食べるもの、種子食性のものなども含まれる。樹木の被害は主にアンブロシアビートルと内樹皮食のバークビートルによる。伐倒後の丸太や衰弱木や生育条件の悪い不健全木に被害が発生することが多く、キクイムシ類には二次性種が多いとされるが、健全な生立木、苗木、幼齢木を加害する種もある。また、通常不健全木等を加害している種でも個体数が増えたときなどには健全木を加害することがある。このような場合には集合フェロモンを利用して集まった多数個体による集中的な攻撃を行い、ヤニの分泌などの樹木の抵抗を低減して一次性害虫的に振舞い、大きな被害をもたらす。加害対象とする樹種は、非常に多くの針葉樹・広葉樹を加害する食性幅の広い種もある一方、限られた樹種のみを加害する食性幅の狭い種もある。
繁殖生態面では穿孔性の生活を基本とした多様な繁殖システム・社会性の多様化が見られる。1夫1妻性・ハーレム型1夫多妻性(1夫数妻性)・同系交配型1夫多妻性のものがあり、最初に孔道を掘る役割もオスが行うものとメスが行うものがある。この段階で、異性を呼ぶフェロモンが使われる。全てのアンブロシアビートルと一部のバークビートルは親子が同居する亜社会性であり、幼虫の世話をする非繁殖カーストが出現する真社会性のナガキクイムシも発見されている。孔道形態にも多様化が見られるが、基本的には成虫が作る母孔があり、樹皮下食のバークビートルと一部のアンブロシアビートルではこれから枝分かれした幼虫孔がある。母孔の数・方向、幼虫孔の方向・長さ、交尾室や蛹室の有無・形に種の特徴が現れる。多くのアンブロシアビートルの孔道は針穴状に形成されるためピンホール(pinhole)と呼ばれる。
本亜科は1夫1妻性のアンブロシアビートルでオスが先に材内に孔道を掘り、フェロモンでメスを呼ぶ種が多い。メスが飛来すると一度外に出て交尾するため交尾室は持たない。その後孔道を深く伸ばしながらアンブロシア菌を植えて繁殖させるため孔道は黒く変色する。一部の原始的な種の孔道はバークビートルのように樹皮下に形成され幼虫孔を伴う。伐採後の丸太に孔道を掘ることと腐朽菌の侵入が材質劣化被害となることが多いが、生立木を加害する主な種には以下のものがある。
東南アジア、太平洋の島嶼、マダガスカル、日本(九州・南西諸島)に広く分布し、フィジーのマホガニー(Swietenia macrophylla)の造林地で甚大な被害が報告されている。本種が生立木に穿孔した場合、ヤニにまかれて幼虫は死滅し、繁殖は成功しないが、穿入孔(ピンホール)ができるため材質が劣化する。
マレーシアとジャワのゴムノキ(Hevea brasiliensis)、カリマンタンのラミン(Gonystylus bancanus)に被害記録がある。ゴムノキは樹液採取(タッピング)による樹体の負担が大きいと被害を受けやすくなるという指摘がある。
東洋区に広く分布し、各種広葉樹の丸太に穿孔するが、マレーシアではゴムノキに被害記録がある。
フィジーに分布し、ソトハナガキクイムシと同様マホガニーを加害する。本種も生立木に穿孔した場合、繁殖は成功しないが、穿入孔(ピンホール)ができるため材質が劣化する。
アフリカに分布し、各種広葉樹の丸太や活力の低下した生立木に穿孔するが、ナイジェリアではモクマオウ(Casuarina equisetifolia)、ユーカリ類(Eucalyptus spp.)の生立木に被害記録がある。
サバのAcacia crassicarpaの造林地で生立木、Acacia mangium、モルッカネム(別名:センゴン、アルビジア)(Falcataria moluccana (Miq.))の丸太を加害する他、多くの樹種を加害した記録がある。
東洋区から日本まで広く分布し、各種広葉樹の丸太に穿孔するが、日本でブナ科樹種の大径木に集中的に加害し集団枯損被害を引き起こす事例が多発している。かつては二次性害虫と考えられていたが、健全木を加害することが明らかになっている。枯損被害は本種が運ぶナラ菌(Raffaelea quercivora)が通水機能を低下させることによる。枯死はミズナラ(Quercus crispula)で非常に多くコナラ(Q. serrata)でも多いが、ブナ(Fagus crenata)は枯れにくいなど樹種によって反応が異なる。
東洋区、ニューギニアに広く分布し、サバでEucalyptus grandis、ニューギニアでE. grandisとAraucaria cunninghamii、マレー半島でDryobalanops oblongomaculata、Shorea leprosula、ゴムノキ、その他多くの樹種に被害記録がある。
ジャワでマルバシタン(Darbergia latifolia)の生立木を加害。マレーシアで不適切なゴム採取を行ったゴムノキに被害記録がある。
ガーナ、シェラレオネで生産量の多い有用樹であるアフリカスオウ(別名:オペチュ)(Triplochiton screloxylon)の生立木のみを加害する狭食性種で健全木を好む。
東南アジア、オーストラリア、太平洋島嶼に広く分布する。マレーシアでジェルトン(Dyera costulata)の樹脂(ガムの原料)採取木やカミキリムシ被害木に被害記録がある。
アフリカから太平洋島嶼に及ぶ熱帯各地に広く分布する。前種同様ジェルトンの樹脂採取木やカミキリムシ被害木に被害記録がある。
キクイムシ亜科では養菌性はいくつかの異なる系統に認められ、この習性は亜科内で複数回進化したと考えられる。このうちXyleborus属とXylosandrus属には生立木を加害する重要害虫が多い。この両属は同系交配型一夫多妻で兄妹間交配を行う。雌雄異型であり、オスは非常に少なく、後翅が退化していて飛べない。
通常倒木や丸太に穿孔するが、ジャワでは乾季が不明瞭な地域でチークの生立木に被害があるとされている。
フィジーのマホガニー造林地で活着前の幼樹に被害記録がある。
パキスタンでマホガニーの幼樹に被害記録がある。
熱帯に広く分布し、非常に多くの樹種の伐採木、枯死木、衰弱木、病虫害木、ゴムノキ採取木を加害する。
熱帯に広く分布し、ヨーロッパ、中東にも侵入している。マホガニー・チークを含む非常に多くの樹種の枝、苗木、幼樹に被害記録がある。
西アフリカ、東南アジア、日本、ハワイ、アメリカ、キューバなどに広く分布し、多くの樹種の新梢・枝に入るが苗木や新植造林地の幼樹の被害が多い。マホガニー、センダン(Melia azedarach)、オクメ(Aucoumea klaineana)、Entandrophragma utile、Ochroma lagopus、Acacia auriculiformis等の苗木、
世界の熱帯、ヨーロッパ、日本などに広く分布し、広葉樹・針葉樹を含む非常に広範囲の樹木の小径木や枝を加害する。ガーナのオクメ、アフリカマホガニー(Khaya ivorensis)で大きな被害が記録されている。
ヨーロッパ、トルコ、イラン、アルジェリア、エジプト、北米、メキシコ、チリ、オーストラリア、ニュージーランドなどから記録があり、南北アメリカとオセアニアの分布はヨーロッパからの侵入による。ニレ科樹木を加害するが、本種は食害よりもニレ立枯病(Dutch elm disease)の病原菌である、Ophiostoma ulmi、O. novo-ulmi novo-ulmi、O. novo-ulmi americanaを媒介することから、侵入を警戒している国が多い。
近年北アメリカ(カナダ・アメリカ・メキシコ)で本種によるロッジポールマツ(Pinus contorta)やポンデローサマツ(P. ponderosa)などのマツ類の大規模な集団枯損が発生している。Mountain pine beetle と呼ばれるが、省略してMPBと呼ばれることも多い。被害面積・材積は膨大で、大規模森林火災を上回るとも言われる。本種はマツ類に病原性のあるGrosmannia claviger、Ophiostoma montiumなどの青変菌を保持しており特に前者は強い病原性を持ち、これにより被害木が枯死する。本種の被害が最近になって拡大した要因は気候の温暖化による越冬期死亡率の低下や夏季の乾燥が大発生の端緒となったとも言われている。さらに、かつては頻繁な山火事が発生していたために大径木が少なかったが、防火技術が発達したために大径木が高密度で生育しているマツ林が増え、このような林はD. ponderosaeに対して脆弱であるため、被害が深刻化しているともいわれている。
アメリカ南部、メキシコ、中央アメリカに分布し、カリビアマツ(Pinus caribaea)、P. oocarpa等のマツを加害する。ホンジュラス、ベリーズ、ニカラグア、グアテマラ、エルサルバドルなどで大発生により集団枯損が発生している。
インド、東南アジア、中国、日本、セイシェル諸島、オセアニア、南北アメリカなどに広く分布し、多くの広葉樹の新梢、枝、苗木を加害する。モクマオウ、リュウノウジュ(別名:カプール)(Dryobalanops aromatica), マホガニーなどに被害が知られている。
世界の熱帯から温帯域に広く分布している。マレーシアでリュウノウジュ、マホガニー、チークの苗木に被害記録がある。
アフリカ、インド、東南アジアに分布。セドロ(Cedrela odorata)、マホガニーを加害、リュウノウジュ、キダチヨウラク(別名:グメリナ)(Gmelina arborea)、その他多くの樹種の苗木、枝に被害。
アメリカ南部、メキシコ、中央アメリカ、カリブ海島嶼でカリビアマツ、Pinus oocarpa等のマツを加害。フィリピンにも侵入して山火事跡地のケシアマツ(P. kesiya)を加害し、集団枯損が発生している。従来Ips calligraphusとされてきた中央アメリカでマツ類を加害している種はIps apache であるとも言われる。Ips属には温帯でマツ科針葉樹の害虫となっている種が多い
北アメリカ、中央アメリカ、カリブ海島嶼に分布し、オーストラリアにも侵入している。オーストラリアでは植林されたラジアータマツ(Pinus radiata)を加害する。
インド・パキスタンのヒマラヤ地方に分布し、モミ属(Abies)、トウヒ属(Picea)、ヒマラヤスギ(Cedrus deodara)、マツ属(Pinus)等のマツ科樹木の枯死木や倒木につくが、密度が高まると苗木や若木を加害する。
熱帯地域でのキクイムシ類の防除は実績が乏しいが、温帯地域で行われている防除と同様の方法が適用可能な場合が多いと思われる。
アメリカでは、アメリカマツノキクイムシ(D. ponderosae)の穿孔を防ぐための予防散布にカルバリル、ペルメトリン、ビフェントリン等が用いられている。水溶液の樹幹表面への散布が行われているが、すでに穿孔しているキクイムシに対しての効果は期待できない。樹幹内の個体には根からジノテフラン、イミダクロプリドなどを吸収させて殺虫効果を期待する方法が提案されているが、大面積の被害に対しては有効な方法ではないであろう。
日本のカシノナガキクイムシの防除にはMEP剤の樹幹散布で3週間程度の防除効果(穿孔阻止)があるがその後効果は低下するという。殺菌剤の樹幹注入により、ナラ菌とアンブロシア菌の繁殖を抑止して被害を予防する方法、および粘着剤(アクリル共重合体)を樹幹表面に噴霧して表面を被覆し成虫の穿孔を阻止することで被害を予防する方法がある。後者ではMEP剤を併用する方法もある。粘着剤の代わりにビニールシートを幹に巻きつける方法もある。被害木に対しては殺虫・殺菌両用のNCS剤(カーバム剤)を注入する方法がある。
温帯で重要害虫となっているキクイムシ類には合成フェロモンが開発されているものがあり、誘引トラップによるモニタリング、誘殺などに使われている。カシノナガキクイムシでは殺菌剤を注入したおとり木に合成フェロモンとエタノール(カイロモンとして働く協力剤)を使って成虫を誘引する方法(おとり木法)があり、成虫はおとり木に集まって穿入するが殺菌剤によりナラ菌とアンブロシア菌が繁殖しないため、木は枯れずカシノナガキクイムシも生存できない。伐倒して玉切りにした丸太を集積して合成フェロモンも併用して成虫を誘引し、カシノナガキクイムシが穿入してから羽化する前に丸太を破砕するか焼却して処理する方法(おとり丸太法)もある。破砕する場合はチップとして利用もでき、焼却する代わりに木炭として利用しても良いが、チップはサイズが大きいと中に幼虫が生き残って成虫が飛散する可能性があるので注意が必要である。また、激害地ではどちらの方法でも十分な防除は難しい。
林内にキクイムシ類の発生源となる衰弱木や枯死木、間伐材などがあるとキクイムシ類の個体数増加につながり、増えたキクイムシ類はマスアタックによって健全木も加害するようになり、被害が拡大する。フィジーにおけるソトハナガキクイムシとフィジーナガキクイムシの被害発生は、新造林地の設定に際して在来樹種の毒枯らしを大面積で実施したためこれを発生源として両種ナガキクイムシの生息密度が高まったことが背景にあると考えられている。また間伐や枝打ち後の残材が林内に放置されてこれらも発生源になったという。収穫伐後の林地残材の徹底的な搬出はコストがかかるが、少なくとも間伐材は搬出利用するなどした方が良いであろう。被害木は放置するよりも成虫が飛散する前に伐倒除去(搬出の上、破砕・焼却)すべきであるが、激害になる前に他の方法と併用して行うのが望ましい。
アメリカでは大径木が高密度で生育しているマツ林がD. ponderosaeの被害を受けやすいことから、マツ林をこのような状態にしないよう調整すべきだとされている。日本のカシノナガキクイムシによるナラ枯れ被害も大径木が被害を受けていることから、里山の管理放棄によるナラ類の高齢大径化は被害拡大の一因であろう。
エンマムシ科、カッコウムシ科、コクヌスト科、ホソカタムシ科などの甲虫および幼虫が捕食性のハエ類(双翅目)にキクイムシ類を捕食する種が知られている。このうちルイスホソカタムシ(Gempylodes lewisi Sharp)は、日本でカシノナガキクイムシをよく捕食することから防除用天敵の候補に挙げられているが、実用化はされていない。キクイムシに寄生するSteinernema属の昆虫病原性線虫の利用も検討されており、適用試験により一定の効果が認められている。